見出し画像

全員マスク! 第11回:ステルス・マーケティング

 エリーの衝撃的な再登場。唇晒してヨーロッパ仕込みのセレブリティが黒薔薇を撒き散らすようにエレガントに現れる。十九世紀の文豪ヘンリー・ジェイムズは故国アメリカを例のないない尽くしの評論でこっぴどく批判した。アメリカには貴族制度がない、宮殿もない、芸術もない、ナイナイナイ恋じゃない、でも止まらない。エリー・マイ・ラブ・ソー・スイート。愛しのエリー、お前さんは一体どこでそんなエレガンスを身につけたんだい?パリかローマかロンドンか。ベイビー、俺はまるでヘンリー・ジェイムズの『大使たち』のストレイザー。アメリカLOVEの俺がヨーロッパに魅入られていくよ。

「あら、沢村さんまたあったわね。そしてブッチャー。相変わらず素敵な白マスクね。そのマスクの下にはどんな顔が隠されているのかしら。もういい加減マスク剥いで見せてくれたらどう?」

「やかましいわ!このハプスブルク女!あなたそのアゴの整形にどれだけ使ったのよ!それになんであなたが創業者一族って事になっているのよ!あなたは田舎の土百姓じゃない!どんな手を使ってそこまで成り上がったのよ!」

「あらあら、お口の悪いこと。アメリカではそんなはしたない言葉が許されるわけ?ヨーロッパだったら即ガス室行きなのに。あなたは今の自分の立場わかってるの?私は取締役なのよ。この天下無敵の晒し唇であなたにクビを告げる事もできるのよ。ああ!懐かしいわね、ブッチャー、あなた私の事を整形だと言ってるけどあなたはどうなの?ウチの豚よりも丸々と太っていたあなたが何でそんなナイスバディに変わったの?おかしいじゃない!だけどあなたは全身を脂肪吸引して体だけはナイスバディにしたけど、顔は大失敗したんだわ!ああ!晒すことのできない顔に価値なんかないわ!さっさとその顔大根おろしで削ってきなさいよ」

「下手な煽りなんか入れてはぐらかすんじゃないわよ、このハプスブルク!私は蒲田っていう名前の土百姓のお前がどうして創業者一族に潜り込んで一ノ瀬なんて名乗ってるのかって聞いてんのよ!さっさと答えなさいよ!」

「うるさいわね!何でそんなことわざわざ聞きたがるのよ!私が一ノ瀬エリカで取締役だって事が全ての証明じゃない!もしかして悔しいの?田舎もんだってバカにしていた女があんたみたいなゴミカスブルジョアよりよっぽど血筋がよかったっていう事実を認めたくないの?惨めねブッチャー!ローティーン美貌選手権最下位争いの競争相手が美人の超一流のお嬢様になったのに、あなたは整形失敗のブッチャーのままだなんて!あなたを憐れむわ!とにかく、今後私に気安く声かけるんじゃないわよ!あなたなんかすぐにでもクビにしてやるんだから!」

「クビにできるもんならしてみろ!私は取締役連中に三顧の礼を持ってこの会社に迎え入れられたのよ!『全員マスク!』プロジェクトを成し遂げるために!だからどんな手を使っても『全員マスク!』だけはやり遂げて見せる!そしてあんたの化けの皮引き剥がしてその削った顎にハプスブルク顎をまた縫い付けてやる!」

「やれるもんなら、やってみな!カオリ。あんたはもう風前の灯火なんだから!次の取締役会で『全員マスク!』プロジェクト中止とあんたのクビを宣告してやるわ!」

 唇晒しの笑みで悠然と去ってゆく大和田常務なエリー。キャロラインはもうボロボロだ。格差社会。あんなにバカにしていたクラスメイトにきついボディブロー食らわされるなんて!キャロラインはワンラウンドでTKOされて俯いたまま喋る事も出来ない。落ち込んでいる君には慰めのキスが必要だ。ベイビー、そんな強がらないで僕に素顔を見せて。ありったけの優しさを注いでキャロラインのマスクを剥ごうとするジョニー。しかしキャロラインはジョニーをぶん投げて怒鳴りつける。

「アホンダラ!全くジョニーアンタって人は見境もなくとんでもないことして!あなたさっきのあのハプスブルク女の言ってることちゃんと聞いてたの?私たちには時間がないの!早く決定的な手を打たなきゃいけないのよ!今は女を口説いている暇なんかないの。あなたのバカな頭でもそんなことわかるでしょ!」

「わかっているさ、そんなこと。でも落ち込んでる君を放ってはおけないよ。さぁもういいだろ?そのマスクを外して僕に全てを見せて……」

「殺されたいのかお前は!いい加減にしないと本気でマグナムの的にするわよ!」

 ジョニーはキャロラインの殺意を込めた視線にビビりまくる。裸のランチ、バロウズ、ビートニク、ケルアック、路上……ミンチにされた俺の死体がストリートに転がる。そんなのはノーセンキュー。俺はまだ死にたくないぜ。

「あなた芸能人の知り合いとかいる?」

 What?ジョニーはキャロラインの突然の言葉に戸惑う。何するんだベイビー。まさかお前そのボディを芸能人に売るつもりか。キャロライン・ノー!ダメだよキャロライン!そんなことしたらブライアン・ウィルソンだって永遠に引きこもっちまう!だがキャロラインはジョニーのアホな誤解を見透かしてかすぐに自分の計画を打ち明ける。

「芸能人たちにこの『全員マスク!』を渡すのよ。だけであくまでもプレゼントとして渡すだけ。そしてその時によかったらつけてみてねって言ってあげるの。私たちの会社は芸能人たちとって最大のお得意先。あとは言わなくでもわかるでしょ?」

 そう言って不敵に微笑むキャロライン。さすがステルス・マーケティングの本場アメリカからきた女。開放的に大胆に決めろ!ああ!ハリウッド、通販、ボディビル、エアロビ、消費大国アメリカ!

 ジョニーはキャロラインの企みを聞いてそのヤバさに青ざめる。キャロライン。やっぱりこいつは本物のアメリカンウーマンだ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?