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子役人生

「おい、お爺ちゃん。なに小学生の格好して椅子に座ってんだよ。そこ子役の光重あおいちゃんが座るとこだぞ。あんたの席じゃねえんだよ。大体お爺ちゃんどうして小学生の格好でここにいるんだよ。ボケてスタジオに迷ってきたのか?こっちに来い!スタジオから叩き出してやる!」

 と助監督が先程から子役の座るはずの椅子に何故か座っている小学生の格好をした老人を怒鳴りつけた。それから彼は老人の手を無理矢理引っ張って立たせようとしたのだが、その時ちょうどスタジオに入った監督が慌てて助監督と老人の元に駆け出して思いっきり助監督を叱ったのだ。

「お前この方に何してんだバカ野郎!今すぐ謝れ!腹を切るぐらい本気で土下座しろ!」

「なんで俺が謝んなくちゃいけないんですか?どう考えたって悪いのはこのジジイでしょ?このジジイ何故か小学生の格好して子役の光重葵ちゃんの椅子に座ってたんですよ!こんなボケジジイさっさと追い出さないとヤバいでしょ!」

「アホンダラ!何が葵だ!この方は天才子役の光重まもる大先生だぞ!」

「へえ~、そうなんですか?俺葵っていうから女の子だとおもってました。まさかこんなジジイだとは思わなかっ……て、普通思わないですよね。子役がジジイなんて。だいたい子役じゃねえじゃん」

「お前はどこまで先生に失礼を重ねれば気が済むんだ!まさかこんなバカが助監なれるなんてな!いいかちゃんと耳かっぽじって聞けよ!先生はな、御年九十歳を迎える子役界の人間国宝!生きるご神体って言われておられる方なんだ!溝口、小津、黒澤の世界三大巨匠にはじめ、さらに衣笠、内田、木下、増村、マキノ、市川……とあらゆる偉大な監督に愛された生きる伝説の子役なんだそ!お前も映画大出なんだから今名前あげた監督の映画ぐらいはちゃんと観てるよな?」

「一つも観たことありません!」

「お前は細胞から人生をやり直してこい!しかしよくもそんな知識で映画監督になろうって思ったな?」

「俺の目指すとこハリウッドなんで。狭い日本なんて関係ねえし」

「呆れるぐらいバカだなお前は!とにかく先生に謝れ!」

「さーせん」

「なんだぁその謝り方は!お前本気で殺されたいのか!土下座して頭を地べたにこすりつけて謝るんだよ!ほら!やれー!」

「いや、謝ったからいいじゃん。てか、もう巻いてるんだから早く撮影始めたほうがいいんじゃないですか?」

「このバカヤロー!一発殴らなきゃわからんようだな!」

 そう叫ぶなり監督は助監の胸ぐらをつまんで殴ろうとした。しかしその時ずっと座ったまま黙っていた光重葵がその渋い声で二人を一喝したのだった。

「やめんか二人とも!ここはくだらん争いをする場所ではない!手を取り合って映画を撮影する場所なのだ!君たちは我々役者をいつまで待たせるつもりだ!」

 そのあまりに重い一喝に監督は勿論バカの助監督まで恐縮してかしこまってしまった。何という重厚な一喝だろう。その一喝には光重葵が子役として生きてきた九十年間の重みがあった。生まれてからすぐに赤ちゃん役で映画デビューした光重はそれから九十年間ずっと子役一筋で生きてきた。監督は光重の一喝に我が身を恥じあらためて光重に詫びた。

「先生!久しぶりの映画のご出演なのにウチの無知な馬鹿者のせいでとんだご迷惑をかけてしまって!」

「いや、いいんだよ。二十年ぶりにスタジオに来たんだが、やっぱりスタジオはいいね。心が引き締まるよ」

「ところで先生。先生はどうして二十年間お休みになられてたんですか?みんな先生を探してましたよ」

「いや、長いスランプさ。七十近くなった時急に子供の演じ方がわからなくなってしまったんだ。近所の子供にワシの子役演技を見せても、おじいちゃん頭おかしくなったって心配されて誰もワシを子供として見てくれないんだ。それでもう子役は限界かなって思って引退まで考えた。だけど休んでずっと部屋に閉じこもって子役一筋で過ごした人生を振り返ってたら、突然光明が開けて来たんだな。一種の悟りみたいなもんだ。ワシは思ったんだ。やっぱり自分は死ぬまで子役を演るべきなんだって」

「先生!ほんとに帰って来てくれてよかった!俺ずっと先生を映画に撮りたいって思ってたんです!さあ、もうすぐ準備がおわりますから先生待っていてください!」

 助監督もさすがに光重葵に対してあまりに無礼な口を聞いていた事に反省し、急に光重に対して態度を改めた。小学生姿の光重がニンテンドースイッチやうんこドリルを持っているのを見つけると彼の気を引くために薄っぺら極まりない笑顔を無理に作ってこんなことを言ったのだ。

「これってお孫さんからのプレゼントっすか?羨ましいなぁ~!」

 しかし光重は助監督の言葉を来ても表情を変えず、ただ一言こういうだけだった。

「いや、ワシには子供も孫もいないよ。ずっと子役でやってきたからね」

「へっ?」

「じゃあ結婚とかしてないんですか?」

「当たり前だ。子役なのに結婚なんて出来るわけ無いだろ。だいたい小学生の役やってて結婚なんて出来るか?」

 この光重が発したあまりにも説得力のありすぎる言葉に助監督は何も答えられなかった。彼は光重に挨拶して彼の元を立ち去った。光重は助監の事はもはや眼中になく、手元にあるニンテンドースイッチでポケモンをやリ初めている。やりながら「ピカ、チュウ!」とか目をキラキラ輝かせながら叫んでいた。皆この光重の鬼気迫る子役ぶりに圧倒された。完全に役にのめり込んでいる。これが本番だったらどうなるのだろう。

 撮影は大喝采のうちに終えた。光重葵オンステージという感じであった。周りの俳優は、主要キャストさえただの添え物になってしまった。撮影が終わると俳優たちがこの子役の人間国宝に花をプレゼントした。光重は俳優たちの善意が嬉しかった。久しぶりに映画に帰ってきた自分をこうして暖かく迎えてくれた俳優たち。ああ!と彼はあらためて思うのだった。子役をずっとやってきてよかったと。


 さて、私は今その光重葵が子役で出演した映画のブルーレイを観ている。この映画はとある家族の再生を描いた今年の邦画のベスト1の傑作だが、やはり特筆すべきは光重葵扮する無邪気な小学生の息子の演技だろう。自分のひ孫ぐらいの年の父親役に勉強しろと叱られ、ニンテンドースイッチを取り上げられイヤだイヤだとジタバタしてダダをこねるシーンはまったくもって素晴らしい。性に目覚めた息子が自分の玄孫ぐらいの娘が演じる同級生の女の子の着替えを覗くシーンも危険すぎるがそれでも圧倒的だ。しかしそれ以上に素晴らしいのは自分の玄孫ぐらいの同級生役の子供をいぢめて、自分のひ孫ぐらいの年の熱血教師に説教されるシーンだ。光重のひ孫ぐらいの年の教師役が「お前はいぢめられたものの気持ちがわからないのか!そんなんじゃろくな爺さんにはなれんぞ!」と光重扮する小学生をしかり、それに耐えきれなくなった光重は口をすぼめて涙をうるうる流すのだ。この映画で光重は日本アカデミー賞助演賞を受賞しあらためて彼の名を夜に知らしめたのだった。





 

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