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八十八歳の叛逆

 田村耕造は今年で八十八になる。だが彼の精神は未だに中学生の頃のままだった。彼は昔好んで聴いていた歌の世界そのままに生きてきた。八十八歳になっても耕造は校舎のガラスを割り、バイクを盗んで世間に反抗していた。当然彼は独身であった。世間の奴らは大人になんかならないぜなんて嘯いても時が来ればそんなこと忘れたかのようにみんな大人になって結婚してゆく。耕造は孫らしき子どもを連れて歩く自分と同年輩の連中を見るたびに地面に唾を吐いた。ケッくだらねえ連中だぜ!みんないい大人になって孫に囲まれて大往生ってか。俺はそんな大人にはならないぜ!俺のハートは八十八になっても中学生のままさ。ずっとピュアなままさ。そんな気持ちで耕造は今日も校舎の窓ガラスに石を投げて割った。すると学校の警備員が耕造のもとに駆け足でやってきて怒鳴ってきたではないか。

「おじいちゃんいい加減にしてよ!何度も何度も!あのさ、家族とかいるんでしょ?名前教えてよ、名前!」

 耕造はこの警備員の生意気な態度に頭にきた。自分よりはるかに後輩のくせにタメ口なんて聞きやがる。ぶっ飛ばしてやる!耕造は杖を振り回しながら警備員を怒鳴り散らした。

「お前誰に向かって口聞いてんだぁ!俺は八十八だぞ!お前なんかよりずっと先輩なんだ!先輩には敬語を使うのが常識だろうが!わからんのか!」

「何が先輩だ!八十八にもなって学校のガラス割りなんてやって恥ずかしくないのか?アンタにだって孫ぐらいいるんだろ?アンタお孫さんがおじいちゃんが毎日校舎のガラスやってますなんて揶揄われてたらどうするんだよ!お孫さんの事をちゃんと考えろよ!」

 耕造はこの警備員の説教を聞いて完全に頭にきた。人をイメージだけでレッテル貼りする奴ら。自分は八十八になるまでそんな連中と戦ってきたのだ。老人に見えても中身は若者なんだ。コイツは俺をボケ老人だと思っている。だからこのバカに本当の俺を教えてやらなければならない!耕造は杖を地面に叩きつけて警備員に向かってさけんだ。

「人を見かけだけで判断しやがって!お前みたいな薄っぺらな人間に俺のことがわかってたまるか!俺は八十八歳の若者で精神的にはまだ中学生なんだ!俺はずっとお前らみたいな大人と戦ってきた!大人にならないぜなんて嘯きながらさっさと大人になっていく連中と戦ってきたんだ!俺は今まで結婚なんかしたことない!だから当然子どもなんかいない!孫なんかいるはずもない!俺は、俺は!」

 そこまで言うと耕造は突然泣き出した。そしていつの間にか目の前にいた学校の教師に向かって叫んだ。

「先生卒業って一体なんなんだ!俺はいつこの人生から卒業できるんだ!」




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