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なるようにさえならない

 人間関係とは不安定なものの集積である。どんなに強固な関係を築いたところで立場の変化や互いの好悪でたちまち崩壊してしまう。いってみれば人間関係とはピアノの線のような細いものでどうにかつながっているといっていい。人はそんな人間関係の問題にぶち当たり解決不能だと匙を投げそうになる時こんなセリフを口にする。

『なるようにしかならない』

 そうして人は出来るだけ全てがうまく流れる事を願うのだ。何事もなく過ごせるように。人間とはエゴの集積であり、どんなに理想を掲げようがいざとなったら我が身大事に周りを顧みないものだ。人間関係とはそのエゴを抱えた人間の本質が曝け出される舞台だ。保身、欲望、愛、偽善、暴力。これらのものがどうしても人間に纏わりつく。

 佐村丈晴と吉田香代子は今喫茶店で注文したコーヒーとパンを待っていた。彼らは一言も喋らずひたすら自分のスマホを見つめていた。二人は何度か互いを見て話のきっかけを作ろうとしたが、その度にやめた。どうせわかっているのだ。この関係が終着点まで来ていることに。

 やがて店員がコーヒーとパンを持って現れた。佐村と吉田はテーブルに乗せられたコーヒーとパンを見て全くいつもと変わりのない注文に呆れて二人してため息をついた。先にコーヒーを一口飲んだ佐村は勇気を出して吉田に話しかけた。

「もう限界なんだよ。僕らは完全に袋小路に入ってしまったんだ。このまま行ったら僕は妻と離婚するしかない。僕は嘘が下手だってことは君もわかっているだろ?」

「それで離婚して私と一緒になりたいって言うの?そんな事無理だってずっと言ってるじゃない」

「じゃあいっそ別れるか?」

「別れたい?あなたはそう思ってるの?あなたは私たちの関係をそんなに簡単に処理できると思っているの?」

「だったら君はどうしたいんだ。僕と別れるのが嫌だ。かといって一緒になる事も嫌だ。これじゃ何も決められないじゃないか」

 結局いつもと同じだった。二人はこうして会うたびに同じ会話をして別れる。完全な堂々巡りに陥ってしまっていた。別れて一人帰るときに二人は互いにこう思うのだった。

「全く人生なんてなるようにさえならないんだな」

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