王女と詩人
とある王国の王女はある夜宮廷詩人を自分の部屋に招き入れた。詩人が職を投げ打って城を去ると知りいても立ってもいられなくて呼んだのである。
「詩人様、なぜあなたはお城を去るのです。父と何か揉め事でもあったのですか?それならば私が仲直りの手助けをします。お願いですからお城を去るなんてやめて下さい。あなたがいなければ誰がこの退屈な毎日を彩るのですか。あなたの詩があったからこの退屈な城で生きてこられたのに」
王女の問いを聞いて詩人は目を瞑りしばし沈黙してから答えた。
「我々詩人は蜂のように言葉の蜜を求めて生きる人間です。私がお城に招かれて三年間。どうやら私はその三年間でこの城の言葉の蜜を吸い尽くしてしまったようなのです。我々詩人は常に新しい言葉の蜜を求めなければならない。だからそろそろ新しい地へ旅立たなくてはいけないのです」
「ああ!なんて残酷な人!そうやってまるで色事師のように飽きたからこの城を捨てるのですね。では私はこれからどうしたら良いの。このガラクタしかない。退屈な城で一生過ごせとおっしゃるの。それとも隣のまたその隣の国の王子や、もしかしたら遠くの国の老いた国王とでも結婚してこことおんなじようなガラクタばかりの場所で暮らせとおっしゃるの?」
「ガラクタとは辛辣な。このお城の金銀財宝をそのようにいうとは。お城の金銀財宝は間違いなく本物。決して王女様のおっしゃるような偽物ではありませぬ」
「いえ、いくら豪華な金銀財宝であろうがガラクタはガラクタでしかありませんわ。確かにそれで食は満たされるでしょう。しかしこの私の一番大事な心は満たされません。その心を満たしてくれるのはほらならぬあなたの詩なのです。あなたが書いた海賊の金銀財宝の詩はここにあるガラクタより遥かに美しいものでしたわ。あなたが書いた村人と天使の美しい恋物語。ああ!あの不細工どもの王子やジジイの国王とでは絶対に叶えられないものだわ。私にとっては城のガラクタよりもあなたの詩の方がずっと本物なのです。ねぇ、詩人様。私をあなたのお供にさせて下さらない。決して足で纏いにはなりませんわ」
詩人はこの王女の若さゆえの純粋さに驚いたが、しかし彼は王女の短慮を嗜めんとしてこう言った。
「あなたはこの城を捨てて詩人である私のお供がしたいというのか。だがいざそうしてもあなたはきっとこの城と同じように私という人間を退屈なガラクタである事に気づくでしょう。なぜなら私たち詩人もこの城の金銀財宝と同じようにこの現実に実在しているものだからです。あなたは詩人の書いた詩に魅入られるがあまり、それを書いた人間を詩と同一化してしまっている。それにあなたは見事に物の価値を見誤っている。あなたは城の金銀財宝をガラクタと軽蔑し、私の詩をそれよりも遥かに尊いもののようにいう。いかにも空想に憑かれた方たちが陥りそうな考えです。しかしこの世界では金銀財宝こそ何よりも尊ばれるものなのです。決して詩ではないのです。それに詩というものは実はガラクタよりも遥かに酷いニセモノなのですよ。言葉は確かにあらゆる事象を無限に語ることができます。だけどその事象には何の実体もないのです。ある程度の言葉を知っていれば人は誰でも詩人となることができます。言葉の連なりを美しく語れば人はうっとりして涙を流すでしょう。どんな事でも語れるという事はどんな嘘もつくことができるのです。ハッキリ言ってあなたが私の詩に騙されているにすぎないのです。詩人とは実体のない言葉を実体のあるように見せるのが芸当です。私が王女をこんなにも夢中にさせた事は詩人として名誉な事です。この私の言葉があなたにそれほどの実体感を与えたのですから。だが私という人間は自分の書いた詩と全く違う。あなたの王子のような、老いた王のような、いやこれらの方たちよりも遥かに劣る人間なのです。我々詩人は全員言葉を売りにした大嘘つきなのです。最後にこれも伝えておきましょう。誠実な詩人は皆自分が嘘つきである事を知っている、と」