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解散ライブ

 十年選手であり、そこそこの人気のあるPCWMことPOPCORN MACHINE MUSICが突然解散を発表した。そのニュースにファンの反応は素直に解散にショックを受けるもの、また解散を惜しむもの、あるいはバンドの最近のマンネリぶりと人気の低下を見てやっぱりと納得するものなどとさまざまであった。その解散発表でPCWMは三ヶ月後に解散ライブをやると発表したが、いくらマンネリで人気もなくなってたとはいえ、それなりに実力も人気もあるバンドなので解散ライブのチケットは発売された当日にソールドアウトしてしまった。

 その解散発表の三週間前である。PCWMのリーダー兼ボーカルの吉信はメンバーを集めてバンドを解散したいと言い出した。しかしバンドのメンバーはこの突然の解散宣言に驚かずやっぱり潮時だよなとか言ってしんみりした顔をしていた。ボーカルの吉信はそのメンバーを見てホッとしてこれで自分は自由になれると喜んだ。

 彼はバンドのメンバーが自分の足枷になっていると思っていた。自分がいくらいい曲を書いてもメンバーのつまらない演奏ですべて台無しにしてしまう。彼はメンバーの演奏の不甲斐なさに何度も彼らをクビにする事を考えたが、しかしメンバーは売れない頃からずっとやってきた腐れ縁もあって切るに切れずここまできてしまったのだ。だがもう限界だった。このままでは自分の才能は埋もれてしまう。もうさっさとバンドを解散して、一人のアーティストとしてアピールしなければ自分の未来はないと考えたのだ。彼は当然メンバーの反発を予測してもしメンバーが殴ってきたらそれも受け入れるつもりだった。しかしそんなことはなくメンバーがあっけなく解散を受け入れたので彼は拍子抜けしてしまった。

 解散ライブ前にバンドは久しぶりに一緒に演奏をした。もう最近はバンドで一緒にレコーディングすることは滅多になくなり、吉信が完璧に作ったデモテープをスタジオに送ってきて、それを聞いたメンバーがデモテープ通りの演奏をして完成させていた。だからこうして久しぶりに一緒にやるとやはり高揚するものがあった。吉信はメンバーに向かって解散後のプランを話し、自分は解散ライブ直後にシングルとアルバムを同時に出す。今はそのレコーディング中だと語った。するとギターの松平は俺はドラマに出ると言った。親しいディレクターに誘われたそうだ。それを聞いて吉信は心の中で思いっきり松平を馬鹿にした。ロックギタリストが三流芸能人の仲間入りか、まぁ才能のかけらもないお前には相応しいなと彼は松平の顔を見て笑った。次にドラムの山内に聞いたが、山内は某大物ミュージシャンのバックをやると言い、それを聞いた吉信の他のメンバーは一斉に凄えと驚き、吉信はそんな彼にいつかは俺のバックもやってもらうかもしれないなとおべんちゃらを言った。最後にベースの島津に聞いたが、そしたら島津のやつはアニメの作曲の仕事をやると答えた。これには吉信は大笑いした。やっぱりお前らにはそのレベルがお似合いだと思った。だが、吉信はできるだけ感情表さないように努めて、島津にまぁ頑張れよと半笑いで激励の言葉をかけた。

 そうしてバンドは来るべき解散ライブのリハーサルを続けていたが、メンバーは吉信に近況を明るい表情で報告した。まずギターの松平は今度のドラマの次は何とドラマの主演と主題歌が決まったらしくちょっと興奮した表情で語っていた。次にドラムの山内だが、彼は大物バンドの新メンバーになる事が正式に決まったらしい。彼もこんなことあり得ねえよ俺みたいな下手くそなドラマーがさと興奮した表情で語った。そしてベースの島津だが、彼は自分が遊びで書いた曲がアニメの主題歌となり何とYouTubeやサブスクでバズりまくっている事を話した。彼はさらに自分の曲がアニメだけでなくいろんな所で注目されている事を話し、海外の人気アーチストが自分の曲をべた褒めしている事を話した。彼は最後に俺みたいな目立たない、田舎者がこんなに注目されていいのかとちょっと震えながら語っていた。そんなメンバーの近況を聞きながら吉信は絶望的な気分になった。自分のシングルとアルバムは発売されるどころか吉信自体がレコード会社からクビを切られ、マネージャーにすら逃げられていた。あれほどソロデビューをして新しい道を切り開いていこうと思っていたのにその道が突然真っ暗な闇に覆われてしまったのだ。

 解散ライブ当日吉信はずっと号泣して歌など歌えず、ただ泣き叫んでこう喚いていた。

「うわああああああああぁぁぁ〜ん!解散じだくないよぉぉぉぉ〜!」


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