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交換小説

 文章ふみあきつづりは恋人同士であった。二人は共に小説好きで出会ったのも文学フリマであった。自分のスペースで自作の小説を売っていた文章を綴が見つけたのが二人の恋の始まりだった。二人は互いの小説を読んですぐ相手の才能に惚れたが、二人が恋となるまでにはいくらもかからなかった。

 晴れて恋人となった二人は付き合う時、これから毎日交換日記のようにノートに代わり代わり一つの小説を連載しようという計画を立てた。これは共に小説を書いている二人らしい計画だった。

 二人は小説を書くノートを小説帳と名付けた。それは日記がわりに小説を書こうという二人の決意の現れであった。小説の主人公は自分たちの名前をそのままつけることにしたが、小説の内容は互いの好きなように書く事に決めた。学園物からいきなりSFになってもよしという事にした。二人とも発想力と文章力はあまり余るほどあるので辻褄を合わせることは出来たからとりあえずそれで行こうと決めたのであった。

 浮かれ気分の譲り合いの末、文章から小説を書くごとになった。文章は考えた末に出だしを書いたが、書き終わってからあらためて読み返すと気負いが過ぎているように思った。文章はこれじゃ綴も続き書くの大変だなと考えて書き直そうと思ったが、綴が早くとせがむのでイヤイヤながら渡した。

 綴は小説の続きを書こうと早速文章の書いた小説を読み始めたが、書き出しを読んだ途端思わず笑ってしまった。文章の小説は確かに面白いがいつも書き出しが上手くない。いつも論理的にストーリーを進めようとしてストーリーやキャラクターの見せ方が変にカチコチになってしまってるところがある。今回は一層それがハッキリ出てしまっている。やっぱり二人ではじめて小説を書くから緊張してしまったのか。こんなろくに油も引いていないガタガタの小説をどう進めればいいか。綴は考えた。考えた末に文章を挑発するかのように少し大胆に続きを書いた。

「書き終わったから続き書いてね」と綴からいくらも待たずにノートを渡された文章は早速ノートを開いてびっくりした。これはかなり大胆なものだった。自分が書いた女の子は実は主人公の事が好きで二人っきりでいた放課後の教室で突然キスを迫ってくる。文章はこれを読んで興奮のあまり思わず胸を押さえた。しかしなんて自由で大胆な文章なんだろう。自分は読者が納得のいくように論理で文章を組み立てていくが彼女は感じるままに綴っている感じだ。畜生このまんまじゃ自分の小説が霞んでしまう。綴の小説読めばいいって事になってしまう。よし僕も頑張らねばと早速ペンを取って続きを書き始めた。

 二人の交換小説は書き進むにつれてますます自由に奔放になっていった。文章も最初の遠慮などすっかり抜け、ダイレクトに綴への想いを小説にした。綴もそれに応えて文章への激しい思いを小説に書いていったのだった。小説はタイムスリップや転生を重ね、ついに宇宙の果てまで飛び出したが、二人の絆は小説の中でさえ途切れる事はなかった。現実でも小説でも二人ならあらゆる苦難を乗り越えられる。二人は固くそう信じ今や人生そのものとなったこの大作を書き継いでいったのだった。

 だがそんな幸せな二人にある日突然悲劇がやってきた。文章が間が差したのか、自分の会社の同僚のつむぐと浮気してしまったのだ。綴がそれに気づいたのは文章の小説の中であった。文章はその小説の中で銀河の果てに突如現れた薄幸な女性として紡を描いていた。これを読んで綴はこの女は文章の浮気相手だとすぐに察知した。綴は怒りを込めて小説の舞台を銀河から十九世紀のロシアに変えて罪と罰的なストーリーで浮気された己の心情をぶちまけた。小説の中で綴は自分を文章を堕落させた女を殺すために銀河からやってきたが、いざ殺人の計画を実行しようとした時、突然罪と罰の意識に恐われるキャラに設定した。ああ!文章私を救って!あなたが来ないと私はあの女を殺してしまうわ!

 文章は家に帰って玄関で綴に突きつけられた小説帳を読み自分の浮気が全てばれていた事を知ってゾッとした。そして綴のラスコーリニコフ的な苦しみを知り涙を流した。文章は小説帳を持ったまま自分の部屋に駆け込んだ。そして涙を流しながら小説を書いた。文章は綴の小説と同じく舞台をロシアにしたが、彼はそこでトルストイの『復活』のようなストーリーを作りそこで涙ながらの謝罪を書いた。都会の女に簡単に紡がれ引っ張られてしまった心の弱き自分。だが田舎には自分をひたすら愛してくれる綴がいた。ああ!目の前にこれほど自分を愛してくれる人がいたのになんで俺は……。

 綴は文章から小説帳を受け取ると早速彼の謝罪小説を読んだ。そして号泣した。ああ!やっぱり私たちの愛は不滅なのよ文章!彼女は舞台を再び銀河に戻しそこで文章に永遠に変わらぬ愛を誓わせた。その後二人は正式に結婚する事になった。


 しかし小説は現実の全てを表す物ではない。昔のリアリズムや自然主義がどれほど現実を描こうがそれはあくまで小説家によって初めから終わりまで作られたお話に過ぎない。小説にははじめと終わりがあるが、現実は初めも終わりもないただ目の前にある事象でしかない。文章と綴は結婚して一緒に暮らしているうちにいやというほどそれを知った。二人は結婚生活のあまりのつまらなさに飽き、せめて小説に救いを求めようと書き続けていたが、やがてそれにも飽きてしまった。その隙間が吹く中なんと文章がかつての浮気相手の紡とまた付き合い始めた。綴は今度はそれを小説の中ではなくスマホで知った。綴はそれを知るとバッグから一枚の紙を取り出した。

 文章が帰ってくると玄関に綴が立っていた。文章はまた浮気がばれたのかと綴を恐々とみた。綴はその文章に向けて小説帳を突きつけた。今すぐにページを開けて読んで欲しいという。文章はまた綴が長たらしい小説を書いたのかといささかめんどくささを感じながらページを開けた。しかしそこには小説は書かれておらず代わりに離婚届が貼ってあった。文章は突然現れた離婚届に驚いて綴を見た。その文章に向かって綴は笑みを浮かべて言った。

「今すぐサインしてね。明日の朝役所に届けなきゃいけないから」

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