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彼女は静かにポエムを謳う

 彼女は僕らの憧れだった。いわゆる詩のミューズであった。彼女の一挙手一投足が詩だった。僕らは彼女を想像の源泉として無数の詩を書き綴った。彼女は決して性格の良い人間ではない。時として僕ら詩人を誘惑し苦しめる天性の悪女だ。いや、悪女という言葉はあまり適当ではないからこう書き直そうか。宿命の女。彼女はニーチェやリルケにそうしたように同時にあたえたあのルー・ザロメのように僕ら詩人に霊感と苦しみを与えた。彼女は詩は全く書かなかったけどその存在が詩だった。僕らを付き従えた女王。その姿はまるでサッフォーだ。男たちを除け者にしてレスボスの戯れに耽って。

 僕は今その彼女の詩を書いている。僕は普段エリオットや日本の荒地派に影響を受けたリアルでクールな詩を書いている。だけど彼女の詩を書いていると何故かひどくロマンティストになってしまう。全く吐き気がするほどロマンティックだ。だけどこれが僕の思いなんだ。熱情そのままに詩を書き上げた僕は真っ直ぐに彼女の元へと向かう。

 僕は詩を書き上げると真っ直ぐ彼女の家へと向かった。今すぐ君に僕の詩を読ませたいんだ。この熱く激しい想いをそのまま原稿用紙にぶつけた詩を!

 彼女は自分がインスピレーションとなった僕の詩を読む。そのかきあげた髪の何と美しい事だろう。君こそが21世紀のミューズ。さぁ、この不毛なる世界に豊穣をもたらすが良い!彼女は僕を問いたげな目で見る。そう、そこに書かれているのは君なんだ。生まれたての裸の君なんだ。さぁ、僕のところにおいで。僕ら二人は新しき美の創造主なんだから。

「あのさ、この原稿さ。字が汚すぎて読めないんだけど何で書いてあんの?」

 僕は原稿を見てたしかにこれじゃ汚なくて誰も読めないと思った。だから彼女に原稿用紙を指差しながら一字一句何が書いてあるのか教えた。そして全部教えた後で彼女は言った。

「あなた良い年してそんな恥ずかしい事よく書けるね。もう詩なんかやめた方がいいんじゃない?」


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