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Hey DJ!

 開演前のフロアは異様な熱気が漂っていた。

 この横浜の隅っこにあるクラブは小さい箱だが、通には有名なクラブで、時たま外国のDJがお忍びでやってくるような所だった。

 今夜も、やはりフロアにたむろってるいるのは常連客で、全員音にうるさい連中だ。そんな連中が主役の登場を今か今かと待ちわびていた。

 今日はこのクラブにDJ OSUGIが久しぶりに帰ってくるのだ。DJ OSUGIは今をときめくシティポップの人気DJ で、連日のテレビやラジオやネットなどへの出演や、メジャーアーチストのリミックス作業に、自分の新曲の編集作業、そしてでかい箱のイベント出演等で、全国を駆け回っていたが、その合間をぬってこの小さいクラブに度々出演していた。

 金銭的に言うなら今のDJ OSUGIがこのクラブに出ても何のメリットもないだろう。このクラブに出なくてもより大きなイベントやアーチストのリミックスや作曲等で引く手あまたなのだ。

 それにこのクラブは恐ろしい所だった。この音楽通が集まるクラブでは、どんな有名なDJだろうが、ちょっとの選択ミスが思いっきり場を盛り下げてしまう。

 イギリスのクラブでは、最近パーティーをわざと盛り下げるためにロバート・ワイアットの曲をかけるという、ワイアットするという遊びが流行っていたそうだが、それを素でやられたらたまったものではないだろう。ましてこのクラブは音に一家言を持った連中しかいないのだ。そんなところで失敗したら二度とクラブでプレイする事ができなくなるどころか、下手したら噂が飛び交い、ダサいヤツだという烙印を一生背負わなければいけないのである。古巣とはいえ彼のようなメジャーなDJがあえて出る理由もないだろう。だが彼は出なければならない理由があった。

 DJ.OSUGIはメジャーアーチストやアイドルなどのリミックスで注目され、彼自身の曲もヒットチャートの上位に入るようになりすっかり有名人の枠に収まった。その有名人の彼がプレイするイベントは彼がどんなプレイをしょうが盛り上がっていた。そうして観客や業界人がちやほやしているのを見て危機感を持ったのだ。自分のプレイは本当に観客を満足させているのか。あるいは自分のネーミングだけでちやほやされているだけなのか。それを確かめるためにも絶対にここでプレイしなくてはいけない彼はそう決意してこのクラブでプレイすることを決めたのだ。

 開演時間がきた。自分はこのクラブで揉まれて成長した。恩返しに来たなんて気楽なもんじゃない。成長した自分を見てほしいなんて感傷的な理由じゃない。俺はもう一度勝負するためにここに戻ってきた。ここの小うるさい観客をもう一度黙らせてやる!

 DJ.OSUGIは自分に気合いを入れてDJルームに向かった。フロアから型通りのコールが飛んできだが、それはすぐに緊張感のある沈黙に変わった。

 OSUGIはそんな客の無言の挑発に奮起し絶対にお前らを踊らせてやる!この時のために厳選したレコードを次から次へとかけまくった。

 DJ.OSUGIの奮闘ぶりにフロアが反応し出した。それに気づいたOSUGIは今だとばかりにターンテープルに指を走らせる。すると客はだんだん踊り出してきた。OSUGIはこの気を逃すなとばかりにアゲまくりのトラックをぶちこむ。もう客席は完全に興奮状態だ。おすぎはここで和製ファンクものをプレイしたがそれも大成功だった。

 やがてクールダウンの時間がやってきた。もうクールダウンの曲と言ったらこれしかない。そう、KIYOSHI YAMAKAWAの『アドベンチャー・ナイト』だ!このしっとりと甘いナンバーでお前らを最高にメロウでいやらしい気分にさせてやる!OSUGIはブレイクがわりにわざとゆっくり『アドベンチャー・ナイト』をターンテーブルに置いて、そして静かに針を乗せた!

『ああ〜っ♪アヴァンチュール・ナイトぉ♪熱海の夜わぁ♪』

 突然あまりに酷い歌謡曲もどきの曲が流れたのでフロアは一斉にどよめきが起きた。OSUGIはレコード針を乗せた瞬間すぐ自分がレコードを間違えて持ってきたことに気づいたが、間違えたショックで頭がパニックしてどうにもならなくなっていた。

 ビブラートのかかった酷い歌が響くフロアで客たちのOSUGIに対するブーイングが飛びまくる。しかし頭のパニックになったOSUGIにはこの事態を打開することはできなかった。

 客は一斉に帰り、クラブのスタッフが冷たい目で見る中、DJフロアのOSUGIはさっきからずっと今自分がかけたあの酷いレコードを見つめていた。レコードにはKIYOSHI YAMAKAWA『アヴァンチュール・ナイト』としっかりプリントされていた。

 彼はレコードを持つ手をわなわな震わせ、レコードを叩き割りながら叫んだ。

「またお前かよ!」


 その後DJ.OSUGIは見事このクラブを出入り禁止になり、もうクラブDJ自体をやめひたすらJPOPアーチストへの道を歩んでいくのだった。

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