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涙のニュースキャスター

 ニュースキャスターキャロライン・ハーヴェイはその美貌とクールな佇まいで人気を博していた。彼女はどんなニュースも表情ひとつ変えず読み上げ、その後のコメントもクールに短く簡潔に述べていた。視聴者たちはニュースへの彼女の確信を鋭くつくクールなコメントに深く納得ししそのコメントを述べた時の彼女の心情を思いやるのだった。政治家のお食事券、いや汚職事件を語る際のクールなハリネズミのように棘を立てたコメントに彼女の怒りを見、またハイスクールでの銃乱射事件を語る際の氷のような目でクールに語るコメントに彼女のいいしれぬ悲しみを見た。だが今日は流石にキャロラインもクールではいられないだろう。視聴者はキャロラインに深く同情しながらニュース番組が始まるのを待った。

 今日キャロライン・ハーヴェイと番組が始まって以来、一緒にメインキャスターを務めていたハリー・レイノルズが死んだ。キャロラインとハリーは人気コンビであり、熱いハリーとクールなキャロラインの絶妙なミスマッチぶりは視聴者に非常に人気を博していた。だが一年前にハリーにガンが発覚してしまった。ハリーは泣く泣く番組を長期に渡って休む事になったが、その降板回にハリーは視聴者に向かって泣きながら俺は絶対に帰ってくると語りかけた。このハリーの言葉に流石のキャロラインもクールな表情をかすかにこわばらせた。結局ハリーの病は予想を超えてはるかに重くもはや手の施しようがなかった。テロップでハリー・レイノルズの死去のニュースが流れたのはキャロラインの番組開始時間の一時間ほど前である。ハリーとキャロラインは恋人同士だったと噂され、実際にプライベーでも深い交友があった。ニュースキャスターとして戦友であり、プライベートでは親友を超えた関係あったハリーの死に彼女はなんとコメントをするのか。もしかしたらショックのあまり番組を休むかもしれない。アメリカの視聴者は泣くためにストップウォッチを持って番組が始まるのを待った。

 番組が始まるとキャロライン・ハーヴェイはいつものようにクールに挨拶しニュースを読み上げた。視聴者はこれを観てホッと胸を撫で下ろした。番組の中で彼女はいつも通り各ニュースに対して的確なコメントを述べた。視聴者はこのキャロラインのいつもと変わらぬ態度に安心したものの、一方で彼女が無理をしているんじゃないかと感じていた。思えばキャロラインはハリーと一緒にやっていた頃は今ほどクールじゃなかった。ハリーの熱さに影響されてか彼女もわずかながらニュースに対して憤りや悲しみを示すことがあったのだ。彼女がクール一直線になったのはガン治療に専念するためにハリーが番組を休んでからだ。きっとハリーの分まで番組を支えねばならぬという思いが彼女にクールな態度を取らせたのだろう。視聴者はハリーが死んだ日も変わらずクールにニュースを読み上げるキャロラインに向かって今日はそんなクールぶらなくてもいいんだよと思った。

 そうして一通り今日の主だったニュースを読み終えると番組はCMを挟んで再開したが、その時視聴者は後ろに飾られていたハリー・レイノルズのまるで遺影のような写真を見てため息をついた。キャロラインはその写真をバックに当番組のニュースキャスターであったハリー・レイノルズが死んだことをいつも通りクールに読み上げた。視聴者はハリーの死とそれを淡々と語るキャロラインに涙した。恐らく彼女は心の中で泣いているはず。だけど彼女はそれを隠してクールに振る舞っている。多分キャロラインにとってそれがこの戦友であり親友である人間に対する哀悼なのだろう。彼女はクールにハリーとの思い出を語り彼の遺志を継いでこれからも番組を続けると語った。それから彼女は先程ハリーからビデオレターが届いたことを打ち明けた。

 キャロラインによるとこのビデオレターは彼が亡くなる三日前に撮られたものだということだ。ハリーは死ぬにあたってキャスターとしての自分を支えてくれた視聴者や、番組が始まって以来ずっとコンビを組んでいたキャロラインへの謝罪と感謝の気持ちを述べていた。彼は自分が死んだらニュースでそれを公開してほしいと遺言に遺していた。キャロラインはこれはハリーの要望であえて番組で流すことを述べた。

 間もなくしてテレビ画面に一人の痩せ切って目が飛び出している男が映し出された。視聴者は男を見てこれがあのキャスターとして不必要なぐらい陽気で逞しいハリー・レイノルズかと涙した。ハリーはその痩せ切った体から必死に声を絞り出して喋りだした。

「まず視聴者のみんなに謝らなくちゃいけない。俺は一年前必ず番組に帰ってくるって約束した。だけど無理だった。それどころかここから永遠に去ろうとしている。全く申し訳ないよ。申し訳なさすぎて言葉も出ないよ。今まで俺に付き合ってくれてありがとう。みんなの事は天国まで持って行くぜ。そしてキャロライン。君にも謝らなくちゃいけない。君はあの時俺に私はあなたが帰ってくる事を信じていると言った。だけど俺はそれが出来なかった。君に全てを押し付けたまま去る事になって申し訳がない。だけど君ならいつも通りクールにこなすことが出来るはずさ。俺は天国から君をずっと見守っているぜ。キャロライン。君とは一緒に番組を始めてからいろんな事があったな。俺が原稿を読み忘れた時、君は上手く促してくれたよね。世間は俺をホットガイで君はクールビューティーなんて言っていたが、俺は君がクールだけじゃない動物のために涙する心優しい人間だって事はよく知っている。キャロライン今まで一緒にやってきた日々に感謝しているぜ。ありがとう。さよなら視聴者のみんな、キャロライン。またどこかで会おう」

 視聴者はこのハリー・レイノルズのビデオレターに号泣した。死を目前に控えたハリーの言葉は視聴者のハートを串刺しにした。ありがとうハリー!あなたのことは永遠に忘れない!テレビは再びスタジオに戻りキャロラインを映し出した。キャロラインはしばらくの沈黙の後クールにハリーに呼びかけた。

「ハリーありがとう。あなたの思いは私とスタッフが受け継いでいきます。だからハリー心配しないで下さい」

 このクールな態度に視聴者はさらに涙した。キャロラインは天国のハリーを心配させないようにクールに耐えているのだ。本当は泣き叫びたいだろう。ハリーによると彼女はプライベートでは動物のために涙する心優しい人間なのだから。だけどそんなに我慢しなくていいのではないか。こんな時までクールに振る舞う必要はない。今泣いたって誰も咎めはしない。天国のハリーだってきっと許してくれるだろう。だがキャロラインはあくまでクールに振る舞った。番組は天気予報に移り後はCMを挟んでラストの挨拶を残すのみとなった。

 CMが終わると再びスタジオのキャロライン・ハーヴェイが映し出されたが、視聴者はその彼女を見て驚いた。目の前のキャロラインが体を激しく震わせて泣いていたのだ。視聴者はこんなキャロラインを見たのは初めてであった。あのクールなキャロラインが泣くなんてやっぱりハリーの死はそれほどショックであったのだ。視聴者はキャロラインの涙を見てまた号泣した。キャロラインは泣きじゃくり挨拶どころではなかった。彼女は号泣のあまりデスクを叩いて絶叫した。そしてスマホを取り出して待受画面をカメラに向けて叫んだのだ。

「さっきパパから連絡があったの!うちのポチ子が天国に召されたって!こんな悲しいニュースある?今まで生きてきてこんな辛い思いしたの初めてよ!ああ!ポチ子何で死んでしまったの?辛いわ!私辛いわ!もう耐えられない!」

 視聴者はテレビに映ったキャロラインの待受画面を見た。そこにはニッコニッコ顔の丸過ぎるほど太った柴犬が写っていた。

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