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キャラクターを救え!

 ヒーローはピンチの時にやってくる。その通りに彼はピンチの青年の前に現れた。

「おい、君明日死ぬよ」

 突然現れた赤白の変な服を来た男に青年は関わり合いたくないと逃げようとする。しかし男は青年の行く手を遮り「僕の話を聞け!」と一喝した。だが青年は「俺はお前なんかに関わってる暇なんかねえんだ!あっちいけ」と怒鳴りつけ男を突き飛ばそうとした。しかしその時赤白男がこう言ったので青年は驚いて立ち止まった。

「作者が君を殺そうとしているのだぞ!守、君は今から千花に会いに行こうとしているのだろう。だが、君は彼女に会う途中で車に轢かれて死んでしまうんだぞ!」

 青年は信じられぬと赤白男の方を見て叫んだ。

「ど、どこの誰だか知らないけど、で、でたらめ言うな!俺と千花はデートの後でエッチする予定なんだぞ!それは先週先生がそう言ってくれたんだ!」

「その先生の気が変わったと言ったらどうする?君は所詮一登場人物にすぎない。たまたまメインキャストの一人に選ばれただけなんだよ。その証拠に君は最初モブ同然の扱いだったじゃないか。君をメインキャストに選んだのは作者の気まぐれ、だから君を殺すのも作者の気まぐれさ。それに大事な事を教えて上げるよ。作者は今ストーリーに詰まっている。もう登場人物はすし詰め状態で相関図も複雑でまとまり切れなくなってしまった。それだったらメインキャストを減らしてスッキリさせよう。作者はそう決めてまず最初に君を殺そうとしている」

「あああああー!」と青年は絶叫した。赤白男の話を聞いた後先生の態度を思い出すと、確かにそのような節があったのだ。殺される!俺は作者に殺される!どうすればいいんだ!青年は赤白男の肩を揺さぶって泣きながら懇願した。

「どうしたら俺は救われるんだよ!もう千花となんかやらなくてもいい!自分の命だけがあればいい!お願いだ!俺を救ってくれ!」

「君はエゴイストだね。誰よりも自分の命が大事なんだね」

「当たり前だ!追い詰められれば誰だってエゴイストになるさ!結局はみんな自分が一番大事じゃないか!」

「確かにそうだね。僕は君を責めてるわけじゃないんだ。むしろ君が人間らしいところを見せてくれたことに感謝しているのさ。君の気持ちはわかった。だけど僕は魔法使いじゃないから君を今すぐ救う事は出来ないよ。ただ君と一緒に祈ることしかできない」

「祈る?散々期待させといてなんだよそれは!祈るんだったら誰でも出来るじゃねえか!」

「出来る?」赤白男の鋭い一喝に再び青年は黙り込んだ。

「君は今まで命を賭けて祈った事があるのか?神に命を捧げるほど祈った事があるのか。作者も君にそんな習性を与えてはいないはずだ。君は今助かりたんだろ?死にたくはないのだろ?だったら祈るしかない。祈って作者の頭の中に訴えかけるのだよ。僕は死にたくありましぇ~んとね」

 青年はその場に崩れ落ちて泣き出した。彼は作者の操り人形だった人生を悔いた。自分の未来は自分で決めたい。彼はそんな気持ちで必死に祈り始めた。赤白男はそんな彼を見てニッコリと微笑むと背中を向けてシュワッとジャンプしてもう一人のピンチの人間を救いに向かった。


 その人間とは先程ちょこっと触れた千花である。彼女もまた作者の犠牲になろうとしていた。

「君、明日死ぬよ」と赤白男は千花の前にさっと現れて青年の同じ言葉を言ったが、千花は何故か顔色一つ変えなかった。赤白男は千花の思わぬ反応にいきなりの登場に動揺してちゃんと話を聞いていなかったのかと思ってわかるように説明したが、千花はそれを聞いてもああそうなんですか明日私死ぬんですね。とまるで他人事のように言うのだった。この思わぬ態度に赤白男は逆に動揺し千花に自分の命が惜しくないのかと尋ねたが、千花は表情を変えずにこう言うだけだった。

「別に命なんて惜しくないし。なんとなくこうなるかもって思ってたからね。もういつでも殺してもらっていいよ」

 ああ!これも作者のせいだ。あいつが千花を日陰ものに書き出したからこうなったのだ。最初はもっと明るい子に書いていたのだ。ヒロインの小夏の良き相談相手だったじゃないか。しかし新キャラが登場してからだんだん彼女の居場所がなくなっていった。そしてしばらく登場しなくなりやっと登場したと思ったら日陰者のメンヘラ女に変えられていたのである。

「それが私の運命じゃん。あの人だって私をうざがってたしさ。私聞いちゃったんだよね。あの人が私を書いてる最中にこいつうぜえもう書きたくねえとか言ってるの。だから大人しく消えてやりますよ。どうせ生きていたって日陰者のまんまなんだし」

「バカヤロー!」と赤白男は千花を怒鳴った。「お前はそれでいいのか。お前は日陰女になるために生まれて来たんじゃないだろ!」

「日陰女に作られてるんだから日陰女に決まってるだろ!このまま生きていたってずっと日陰女なんだ!」

 その時千花の頬に鋭い衝撃が走った。なんと赤白男が千花をひっぱたいたのである。

「君はそうやって作者の言いなりになって人生を諦める気か!ただでさえつまらない小説の中で最もつまらない死を選ぶつもりなのか!今ここではっきりと教えてやるよ!作者が君をどうやって殺すか!君がどうやって死ぬか!」

「ふん、今のは婦女暴行よ!警察に訴えてやるわ!死ぬときはあなたをたっぷり呪って死んでやるから!さあ教えなさいよ!私の死に様を!」

「ああ、教えてやるとも。心してきいてくれ。今作者の頭を覗いたらあいつとんでもないこと考えてやがった。あいつ君とあの青年を車の中で練炭自殺させるつもりなんだ。君はあの青年を内心嫌っていただろ?なんで私があんなモブ顔のやつと付き合わなきゃいけないの。私はメインキャストなのよっていつも思ってたじゃないか。大好きだよって作者が書いた小っ恥ずかしいセリフを言いながら嘲笑していたじゃないか!君はその青年と練炭自殺し、あの世でも二人は一つって実際に車の中で一つになって死んで行くんだよ」

「あああああの野郎!そんな事を私にさせるつもりだったのか!いや、死にたくない!そんな無様な死に方はしたくない!ねえ、お願いだから私だけは救って!あいつは一人で練炭自殺でもなんでもさせればいいから!」

「やっと君の本心が聞けたね」と赤白男はこれ以上ないぐらい優しく女に微笑んだ。

「プライドも何もかも捨ててひたすら生きたいと願う君は素敵だよ。今の君は誰よりも人間らしいよ。だけど僕は魔法使いじゃないから今すぐ君を救うことはできない」

「じゃあ……じゃあどうすればいいの私」

「ひたすら作者の脳に向かって祈るのさ。私、死にたくない!生きたい!ってね」

「作者の善意に訴えるってわけね。祈りの力はどんな独裁者でも無視できない。わかった私一生懸命作者の脳みそに向かって祈るわ!私をころさないでって」

「君は彼と違ってずいぶん賢いね」

「彼?彼って誰?」

「いやこっちの話さ。じゃあ僕はもう行くよ」

「うん、ありがとう!」

 赤白男は千花に背中を見せてシュワッチと飛んでいった。ピンチに見舞われた人たちを救うために!


 作者は今猛烈な幻聴に悩まされ執筆が全然はかどらなかった。誰かを殺そうとする度に自ら作ったキャラが「僕は死にましぇ~ん」とか「私を殺さないで!」とか「私は美味しくない」とか「僕は焼豚じゃない!」とか叫ぶのだ。しかしこいつらの誰かを殺さなければもうストーリーは進まない。ああ!もうやけくそだ!適当なやつを殺してしまえとヒロインを手に掛けようとしたが、ヒロインにふざけんなこのバカ!私を殺したらストーリー終わるだろうがとブチ切れられた。とうとう困りはてた挙げ句主人公を殺そうとしたが、主人公を殺したらストーリーが終わるだけでなく、主人公は作者自身でもあったため自分を殺してしまう事に気づいてやめた。

 作者のもとにはさっきから原稿を求める電話やらメールやらLINEやらがわんさか来ていた。それらを放置していたら突然家のドアがなりだした。とうとう編集者が来てしまったのだ。彼はビクビク物で玄関に出た。そこには赤と白のストライプのシャツを来たパンチの親父がいた。

「お前何やってんだこら!さっさと原稿よこせや!」

 作者は編集者に向かって涙ながらにキャラたちが頭の中で自分を殺すなと喚いて執筆を妨害すると打ち明けた。編集者は鼻をほじほじしながら作者の話を聞いていたが、突然手で話を止めさせると、あくびをしてからこう言った。

「お前な、いい加減にストーリー盛り上げるためにキャラ殺すのやめろよ。安易なんだよ、そういうのは。お前が今までストーリーを盛り上げるために殺したキャラの数数えた事があるか?」

「ありません。僕今まで食べたパン数えたことないし……」

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