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白樫寮物語

 この白樫寮もあともう少しでさよならだ。私たちの青春ももうすぐ終わる。幼虫からサナギになり、今成虫になろうとしている。だけどそんなセオリー通りに生きていいのかと私は思う。一生働いて、ただ働くだけで一生を終えていいのだろうか。寮長はこの白樫寮が出来てからずっと寮長を勤めている女性だ。ものすごく太ったおばさんで子供がたくさんいるらしい。彼女は私たちにも自分の子供みたいに接してくれている。「成長すれば子供は自分から離れていくなんてあり得ないわ。あなたたちを見ているとそれがよくわかるの」寮長は時折感極まってこんな事を言った。

 外から微かに春の匂いが漂っている。この凍てつくような冬はもう時期春風が追い出してくれるだろう。だけど私たちは春が来たら風に乗って飛ばなくちゃいけない。白樫の間を抜けて見知らぬ所へ飛んで行かなきゃいけない。私たちはそれに耐えられるだろうか。家の中で何も知らず幼虫のようにぬくぬくと過ごしていた幼年時代。そしてサナギのように社会への旅立ちを待っている青春時代。私たちはもう時期成虫のように飛び立って孤独の旅を始めなければいけない。

 私たちは寮長にこの寮から出たくないと泣いた。寮長やみんなと別れたくなかった。寮長はそんな私たちを諌めてこう言った。

「あなたたち何か勘違いしているわ。私あなたたちが大人になっても寮を出て行けなんていうつもりはないわ。出来ればずっと一緒にいて欲しい。みんなで一緒に赤ちゃんを育てて欲しいとさえ思っているの。だからへんな心配しないで。私たちずっと一緒だから」

 この寮長の言葉を聞いて私たちは泣いた。泣きながら寮長に抱きついた。寮長、私たちずっとここにいるから。

 そして旅立ちの時が来た。私たちは大人になり今見知らぬ土地へと飛び立とうとしている。私たちは緊張で体を震わせながら玄関に立った。その時突然寮長がスピーカーで叫んだ。

「働きバチの皆さん、成人おめでとう!私はあなたたちの寮長兼ママ兼女王バチです。今まで正体を隠していたのは正体バラすとあなたたちがショックで死んでしまう事を防ぐためです!でもあなたたちはもう立派な働きバチになった。だから私はこれからあなたたちがなすべき事を教えてあげます。まず赤ちゃんのために一日一人100蜜以上集めてきなさい。次に赤ちゃんのお世話。赤ちゃんが泣いたりぐずったりしたら即処刑です。蜜集めは人間が妨害してくると思いますが、遠慮なく刺してしまいなさい。あと一つ大事な事を話します。もしあなたたちの誰かがここから逃げ出して自分が女王バチになろうという野心を抱いたら働きバチをフルに使ってあなたたちを責め殺します。いいですね。あなたたちは大人になったのですから社会人として最低の礼儀を守って一生私のために尽くしなさい。以上!」

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