見出し画像

私は旅に出た。君は好きにしろ。13

◆地獄への道のり

もしこの世に地獄が存在するとしたら。

地面にぽっかり口を開けて、ごうごうと音を立てながら中から炎が絶えず吹き出している様子は圧巻で、しばらく夜の砂漠の寒さも忘れて私は日が昇ってやっとまわりが明るくなるまでの間ずっと、その穴の入り口に腰掛けたまま動けませんでした。

***

「地獄の門」「ガスクレーター」などと呼ばれている場所が、中央アジアの北朝鮮とも言われる閉ざされた国、トルクメニスタンにあります。旅に出る前はそんな場所のこと全く知らなかったのですが、中央アジアへと旅をすすめるうちに、その名を周りの旅人からしょっちゅう耳にするようになりました。

その場所はなんと、地面にぽっかりと開いた穴から天然ガスが噴出しているため、40年以上も炎が絶えずに燃え続けているらしく、その様子はまるで地獄への入り口に見えることから「地獄の門」と呼ばれるようになったんだとか。ただ、やっぱり危ないので政府による埋め立て計画も進んでいるらしく、今見なかったらもうなくなってしまうかも。と言われたのでいてもたってもいられなくなり、旅がしづらいことで名高いトルクメニスタンに足を踏み入れることになりました。

***

国境越えた直後から試練が待ち受けていたのは前回の話通り。一般的に、観光するためには専属ガイドと高額なビザが必要なトルクメニスタンにバックパッカーが入国する方法は当時ひとつしかありませんでした。5日間以内で出国する、「トランジットビザ」。その名の通り、トルクメニスタンを通り抜けます、というビザなので入出国の国境で手続きが必要で、さらに5日間をオーバーした場合は罰金が科せられるというハードな抜け道。さらにトルクメニスタンは天然資源がすごく豊富でもともとすごくまわりの国々との国交が薄かったこともあって、旅行するための情報がほとんどありませんでした。

地獄の門への道のりは、まずトルクメニスタンの北部から入国し、そのまままっすぐ南下。首都へ行く途中の砂漠のど真ん中で降りて地獄の門を見たあとは、なんとか頑張って首都までたどりついて、そのあと西にある港へ向かう。ただし船の運航スケジュールは不定期なので、3日目くらいには港にいないと船をまっている間にタイムオーバーになる可能性もある。というだけの情報しかなく、かなりドキドキしながら入国しました。旅も中盤にさしかかっていたので、かなり度胸もついていたと思います。笑

***

国境を越えてたどり着いた町から、なんとか首都へ向かう乗合タクシーを捕まえ、大ゲンカしながら値引き交渉し、無事降ろされたのは砂漠のど真ん中を走る道路の脇にポツポツと立つお茶屋さん。道の駅なんていう立派なものではなく、家族経営の小さな食堂。でもそこまで着けたらもう地獄の門まではあと一息。暗くなってから、炎がぼんやりと明るく照らす地平線の方角に向かってひたすら歩くだけ。

国境を越えてから緊張感が張り詰めていたので、その食堂で温かいご飯を食べて、その食堂の子供と遊んで、さらに後からそこへ来たマレーシア人のお兄さんとそのガイドと話して、すっかり危機感がなくなっていました。まだ暗くなるまで時間があるからと、ウィスキーをみんなで飲み、ついウトウトしてしまいました。

はっと目が覚めた時には深夜で、何故かニコニコわたしの頭を撫でながら、その食堂の家族のお父さんが添い寝していました。びっくりして叫びながら飛び起き、一気に酔いも覚め、枕代わりにしていた貴重品のバッグをひっ掴み、外に走り出ました。時計を見ると2時。日の出までにたどり着かないと、空が明るくなってしまって地獄の門の目印がなくなるので、びっくりしたけど起きれて良かった、と半分寝ぼけた頭で考えながら、暗闇がぼうっと明るくなっている方向目指して歩き出しました。

そこへ砂煙を立てて走ってきた車が一台。助手席の窓が開いて、「ガスクレーター?」って言うから、そうだと答えるとそのまま後部座席に乗せられ、砂漠を走り出す車。訳も分からず、運転手と助手席をよくよく見ると、明らかにテンションが高すぎるカップル。絶対お酒か薬か飲んでいる!このままじゃ地獄の門見るどころか、そのまま穴に落ちて地獄行きだ!と察して後ろで大騒ぎし、車が止まったタイミングで砂漠を全力疾走したわたし。車に本気で追いかけられたら絶対敵わないのに、寝ぼけながら出来る限り隠れられる凸凹のある地形目指して走りました。

息を切らして振り返るともうそこに車はなく、改めて地獄の門目指してトボトボと歩き出したのでした。紆余曲折あって、2時間も過ぎた頃か、もう散々なトラブルばかりで一人で歩くのも嫌になった頃、目の前の砂丘を越えると、それは突然目の前に現れました。ごうごうと音を立てて燃える真っ赤な炎とそれを全て飲み込む大きな穴。まさに地獄の門と呼ぶにふさわしいそれは、今まで見たどの景色よりも、「地球」の存在を知らしめる眺めでした。

砂漠は夜すごく寒かったので、その炎で暖をとりながら、何時間そこに座っていたか、気がつくと空が白みはじめていました。見渡す限りの砂漠の地平線の向こうから、ゆっくり朝日が顔を出したその瞬間は、今でもはっきりと覚えています。今わたしがこの穴に落ちて死んでも誰も気がつかないし、それでも明日は来るし、だからこそまだまだ私は生きようと思いました。今思い出すと大袈裟な気もしますが、普段忘れてしまいがちな大切なことを、その砂漠の真ん中で改めて噛み締めました。

***

朝日が昇りきってから、iPhoneの方位磁針を頼りになんとか最初の食堂まで戻ると、一緒に飲んだマレーシア人とガイドの二人がわたしを心配して待っていてくれました。二人は夜のうちに地獄の門まで車で行って帰ってきたらしく、このまま首都まで行くから一緒に乗っていこうと誘ってくれました、途中どうなることかと思いましたが、行けてよかったし生きててよかった。そのあと、電車で港まで抜けて、そこでも満員で席がなかったのに現地の人が何人も助けてくれたり、電車の中でテコンドー少年団と仲良くなったり、港まで行ったらその日のうちに出国できたり、幸運が重なって最終的にトルクメニスタンは大好きになったのでした。優しい世界。

地獄とかあの世とか死後の世界のことはわからないけれど、たまに、「あーわたし、生きてる!」って思える瞬間があることって、人生を満喫するために絶対に必要な瞬間だなあと思っています。別にそれがわざわざ海外の絶景を見たりとか、最高にスリルある経験をするだけじゃなくって、大事な人ととびっきりおいしいごはんを食べるとか、とっておきの入浴剤を入れて贅沢に湯船に浸かるとか、自分がちょっと日常に感謝できることでさえあればなんでもいいとは思うんですけど。

生きているって最高!って思えたら最高。たまには自分をいたわってあげてくださいね。


=======

著者:山口夏未

無料メルマガ好評配信中!登録はこちら

サポートありがとうございます!ありがたく、仕事しながらポップコーンとチョコレート食べます。いっぱい貯まったら、本出します。