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小説|8番ゲートのファン達|二回「ナックルキャバ嬢の憂鬱」 #3

(前回まではこちら)

二回|ナックルキャバ嬢の憂鬱 #3


わたしは、横浜公園の噴水を横目にしながら8ゲートから入るライトスタンドが好き。

お客さんと行く場合は内野のお高い席。
この外野席でビール 飲みながら観戦するひとときが、何も考えずに一人を満喫できる空間。
またコンタクトじゃなく眼鏡をかけているから、もしお客さんや知り合いがいてもたぶん気づかれない。

それにしても外野席って上の方になると常連濃度が濃くなる。試合中でもあちこち移動しては話しているし、試合ちゃんと見ろよって思う。
ビールの売り子ちゃんにちょっかい出すのなんて最悪。わたしも何度かナンパっぽく話しかけられてウザかった、キモかった。
なので、わたしは前方の比較的平和なエリアが好き。できれば得点するたびのハイタッチもあまりしたくない。

横浜に来てからはベイスターズの選手も好き。
いつも着ているユニフォームは背番号3。
やっぱりカジは選手としてロマンがあるし、目の前でライトを守っている時の頼もしい背中が好き。
このままいけば来年にはFAを取る。さすがにベイスターズを出ることはないだろうけど、この球団ってあまり引き留めないよね。

カジとは真逆だけど柴ちゃんの可愛さも見ててキュンとする。あとルーキーの伊藤ユキヤにも注目。荒波さんの4番を継いだし早く一軍で見たいなぁ。
投手だったらTBS時代からいる国吉やタナケンもいいけど、わたしは藤岡さんが好き!

そんなハマスタのライトスタンドや8ゲートの景色も今年からすっごく変わった。

来年の2020年、ハマスタは東京オリンピックの野球とソフトボールの会場になる。
ハマスタのキャパは3万人弱。これを広げるために去年のシーズンが終わってからライトスタンドの上に新しい客席をつくる工事をしてた。
そこは「ウイング席」と名付けられたけど、ハマスタの丸い形が可愛くて好きだったのに、扇型の客席が横に付いてしまった。
8ゲートから見上げると、高梨沙羅でも飛び出してきそうなスキーのジャンプ台みたいな物体が高くそびえている。
横浜公園内のハマスタは公園法みたいな法律の制約があってこれが精一杯なんだって。

でも、応援の迫力はすごくなった!
ライトスタンドのさらに上から聞こえてくる大きな声援や拍手は、まるで上に巨大スピーカーが付いたみたいに音がグラウンドに降ってくる感じ。

そして来年には逆側のレフトスタンドの上にもウイング席ができる。
どんどん変わっていくハマスタ、一方わたしは・・・ビールを飲んでると、時折ふっとそんなことを考えてしまう。

******

昼間が35℃にもなる真夏はナイターでもとっても暑い。
ビールがすすむけど、わたしは2杯目以降は試合の展開をみて考える。
今日は五回までに4点もリードされてるし、いまのところ2杯目にいくような気分じゃないかな。
プーさんユニを着た大学生くらいの男子がクリームソーダを片手に歩いているのが見える。わたしは甘いのはそんなに好きじゃない。

すると、5列くらい前で何かが起きているのが見えた。

いつも見る常連のおばあちゃんが座席で横になって動かなくなっている。
熱中症だーー、わたしはとっさにそう思った。
夜でも30℃近い気温、風もなく屋外に長時間いれば熱中症になるリスクはある。

わたしは、おばあちゃんの元へ駆け寄った。
警備のスタッフも来たけどこれはバイト。すぐ救急車を呼ぶように伝える。
熱中症が疑われる時には、まずは涼しい場所へ移動させて身体を冷やさないといけない。でも急な段差もある外野席で素人のお客さんと一緒に抱えていくのは厳しい。

おばあちゃんはヤスアキの大きめのユニを着ている。わたしはその下に手を入れ、ズボンを緩め、シャツのボタンも外した。まずは身体から熱を放散させる。
次に、持っていたカジのタオルにペットボトルの水をかけて、おばあちゃんの首と脇の下に当てる。
「うちわ貸してください!」
近くの人の持っているうちわを借りてユニの下から思い切り扇ぐ。濡らした肌に風を送ることで太い血管を冷やすため。また他の女性がハンディファンを持って濡れた首元に風を吹きつける。
本当は給水もさせたい。だけど意識が朦朧としている中で無理に水を飲ませるのは危険。とりあえず口元も濡らしてあげる。

そうこうしてるうちに救急隊が到着して外野席までストレッチャーが入り、おばあちゃんは運ばれていった。

気が気じゃないけど自分の席に戻って観戦の続き。でも、試合の展開とは関係なくずっと自分の胸がざわつく。
今回はたまたま近くにいたから対応ができた。でも、内野とか遠くの席に熱中症の人がいたらどうなっていただろう。まわりに応急処置ができる人がいただろうか?

わたしの知らないところで看護を必要としている人が世の中にはたくさんいるーー。

その後、おばあちゃんは10日ほどでいつもの席にもどってきた。
よかった、けど無理しないでね!

******

「ね、応募してみる?」
同居人のサキがわたしにそう言ってきた。
彼女は京急線の上大岡で働いているんだけど、駅のデパートで何千円以上をお買い上げの方にーーみたいなキャンペーンでベイスターズ戦のペア観戦チケットが当たるみたい。
サキは野球に興味がないけど、100組200名で当たる確率が高そうなんだって。
「いいよ~」わたしは二つ返事でOKした。

しばらく経ってーー
「ハマスタ当たった~!」サキがスマホで当選通知を見て叫ぶ。
「やった~!サキと観るの初めてだし楽しみだね」
「じゃあスピードガンコンテスト、ヨ・ロ・シ・ク!席からしっかり撮っとくからさ!」
と、どこで覚えたか番長みたいな口調で言ってきた。
「スピードガンコンテスト??」
スピードガンコンテストとは試合開始の30分くらい前に、事前に選ばれた10人くらいが出てきてマウンドから投げる企画。
お客さんも入っている中であのマウンドから投げるのは気持ちいいだろうなとは思ってた。
子供から大人まで男女問わずいろんな人が出るけど、中には野球経験者もいて100キロ超えると拍手されたりする。

サキめ、こっそり応募していた!
まさかこのキャンペーンでスピードガンコンテストの応募もあったとは。

普通に考えたらマウンドからボールを投げるだけの簡単なお仕事。今だってちょっと肩を作れば普通に80kmくらいなら出せる自信はある。

でも・・・
もしここでナックルを投げてみたらーー。

(#4に続く)


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