見出し画像

第19回 「今、ここ」の話

「お坊さんが座禅を組んでいるシーン」って、皆さん一度は見たことがあると思います。

あぐらを組んで目を閉じて坐り、ちょっと寝ていたりすると、住職みたいな人から「喝!」といって棒で叩かれたりする、あれです。

あの「座禅」具体的に何をしているかご存知でしょうか。

「禅」というものを簡単に言うと、「何も考えない練習」をしているんです。

どういう事かと言うと、いざ、私たちは目をつぶって「何も考えない様にしよう」と思っても、色んな考えが自動で頭に浮かんで来てしまいます。

これを心理学では「自動思考」と言います。

私たちは普段、全ての物事を自発的に考えていると錯覚していますが、自発的に考えている事って実は少なくて、思考のほとんどはこの「自動思考」によって、「勝手に湧き上がってくる」ものなんです。

例えば「車の運転」を例に取ると、車に乗ると「シートベルト」「エンジン」「あ、ガソリン入れてない」という思考が自動的に浮かんできて、私達の身体はその思考に従って、半ば自動的に行動します。

これは何度も運転という行為を繰り返し、思考と行動が結びくことで起きているのです。

こうした思考や行動の結びつきの事を「スキーマ」と言います。

私たちはこうしたスキーマを数限りなく持っていて、いろんな思考や行動をひとまとめにして、自動的に処理しているから、楽に生きる事が出来るのです。もしこれが一日に起きる事を全て頭で考えて処理していたら、頭がパンクしてしまうでしょう。

しかし、この「自動思考」や、「スキーマ」にも、欠点があります。

例えば、嫌いな相手の顔を見たり、嫌な事を思い出しただけでイライラしてしまうというのは、物事をひとまとめにする「スキーマ」の働きで、人や物事と、怒りとがワンセットになって記憶されてしまう事から起こってきます。

また、私たちがイライラしている時、「腹を立てないようにしよう」と思っていても、怒りの思考がむくむくと頭に湧き上がって来て、どうにも止めることができません。これは「自動思考」の働きによるものです。

ここで座禅の話に戻りますが、お坊さんが座禅を組んで何をしているのかと言うと、この頭のなかに湧いて来る「自動思考」を、客観的に「観察」しているのです。

リラックスして目を閉じ、自分の頭の中を冷静に観察していると、「おや、私はやらなくてはいけない事を思い出したようだ」とか、「おや、私はまたあの失敗を思い出して、悲しくなっているようだ」と、自分の頭の中に思考が湧き上がって来る事に気が付きます。

つまり、私たちは、自分の力で物事を考えていると思っていますが、こうした「スキーマ」や「自動思考」といった脳の仕組みによって、考えたくなくても「考えさせられてしまう」という事が多いのです。

そのため集中しなくてはいけない場面で、つい物事を考えてぼーっとしてしまったり、辛く苦しい負の感情を思い出して、何度も繰り返し味わってしまうというといった、不都合な事も起きます。

怒りっぽい人、怖がりな人、ネガティブな人。誰でも一つや二つは、湧き上がって来やすい「思考のクセ」があって、ぼんやりと考えていると、思考の通り怒りや不安に囚われてしまいます。

負の感情に振り回されがちな自分である、という事を、忘れてはいけません。

明るく、前向きな考え方を手に入れるためには、こうした心の仕組みをしっかり理解して、この「自動思考」に打ち勝っていく事が大切になるのです。

それでは、どうしたら自分の思考や感情に振り回されることなく、コントロールしていく事が出来るのでしょうか。

近年、「マインドフルネス」という言葉が、タイム誌の表紙を飾って話題になりました。これはグーグルやアップル、マイクロソフトといった大企業が社員の研修のために取り入れて、一躍有名になった考え方なんです。

これは簡単に言うと、「あまり考え込む事をやめて、行動を重視すると健康的になりますよ」というものです。さらに具体的に言うと、「考える事をストップして、身体の感覚に意識を集中してみましょう」という心理療法なんです。

例えば最近、「アンガーマネジメント」という言葉が流行しています。これは怒りが湧きあがってきたら、3秒間何も考えずに、自分の身体の感覚に意識を集中することで、怒りが治まるというものです。

皆さん、自分の両手をこすり合わせて、「手」という感覚を味わって見て下さい。これが「身体の感覚に意識を集中する」という事ですね。

似たようなところで、うつ病の心理療法には「レーズンエクササイズ」というものがあります。これは口の中にレーズンを入れて、舌がレーズンに当たる感覚を追い続けるというもので、これも何も考えずに身体の感覚に意識を集中するという事ですね。

また、先ほど説明した「座禅」も、実はこの「何も考えずに、身体の感覚に意識を集中させる」というものなんです。

入門編では「鼻の奥に意識を集中する」というものがあり、息を吸ったり吐いたりするときに、鼻の奥に息が当たる感覚を追い続けることで、何も考えない練習をする、というものがあります。

この「何も考えずに、身体の感覚に意識を集中する」という考え方は、何と、2000年前に記された、ブッダの言葉にも出てきます。とても分かりやすいものがあるので引用させて頂きます。

★★★
君よ、心を身体に向けて集中させて、前に進むにも後ろに戻るにも「進む」「戻る」とはっきり認知し、食べるにも飲むにも噛むにも舌が食べ物に触れるにも「食べている」「飲んでいる」「噛んでいる」「触れている」とはっきり認知し、歩き、立ち、坐り、目覚め、話し、黙るにも「歩いている」「立っている」「坐っている」「眠りに落ちる」「目覚めた」「話している」「黙っている」と、はっきり認知する。(長部経典「大念処経」)
★★★

つまり、2000年以上も前から、何も考えずに、「身体の感覚」や、「やっている行為」に集中する事が大切だと言われ続けて来たんです。

これを近年になって、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、イチローといった、世界のトップで活躍する方が日常生活に取り入れた事で、注目されてきているのです。

それではどうして、「何も考えずに、物事に集中する事」が、それほど大切なのでしょうか。

先ほど自動思考という話をしましたが、ハーバード大学の発表によれば、人間は何と、起きている間の47%もの時間、自動思考が働いて、ぼんやりと何かを考えているんです。

例えば、「牛乳が切れたから買いに行かないと」とか、「フェイスブックのいいね!の数が気になる」などぼんやりと考え事をしている。

このことについて、とあるお坊さんが、とても分かりやすく、「私達の心は、放っておくとすぐに未来や過去にさまよいでる」と仰っています。

確かに、私達は行動をしていても、すぐにぼんやりと何かを考えてしまう。こうして目の前の事に集中せず、過去のことを思い出したり、未来の事を考えたりする事は、心が体を離れて、さまよっている事にほかなりません。

なぜこういう事が起こるかと言うと、これは一つの「防衛反応」だと言われているんです。

ブッダは、この世は「苦」である、と説きました。物理法則できっちりと決まりきったこの世界を生きる事は、元々とても苦しいことなのです。

そのため人間は、自動思考によってぼんやりと考え事をする事で、目の前の辛い現実を上手に「見ないように」しているのです。

つまり私たちは、やらなくてはいけない事、考えなくてはいけないことがあっても、現実をはっきり見るのが辛いので、一日の半分ほどの時間を、湧き上がってくる自動思考に任せて、ぼんやりと物事を考えて、現実逃避をする事で、誤魔化してしまう生き物なんです。

しかし、この自動思考に囚われれば囚われるほど、負の感情が湧き上がって来たり、考える事に頭が支配されて、周りが見えなくなったりします。

自分の思考に振り回されて、苦しくなってしまうのです。

つまり、このぼんやりとした47%の時間によって、負の感情が生まれているのです。このぼんやりとした時間を減らし、自動思考に振り回されない事が、機嫌よく行きていくコツだと言うことが出来ます。

とある天理教の先生が、幸せに行きていく秘訣として、「一日中きりきり舞いで生活すれば上手くいく」と仰っています。

行動のスピードを上げて、仕事をどんどんこなし、忙しくしている人は、ぼーっと考える事が少ないので、それだけ負の感情に支配される事が少ないという事なんですね。

さらに、先程説明したとおり、

食べる時は、食べることにしっかりと意識を向け続ける。

歩く時は、歩くことにしっかりと意識を向け続ける。

掃除するときは、掃除をすることにしっかりと意識を向け続ける。

こうして、「今、ここ」でやっている事に集中して取り組む事によって、それ以外の雑念を考えないようにする。

つまり、「目の前の事に集中して、忙しく動き回る」という事が、精神の安定にとって一番の特効薬だという事なんです。

逆に、いくら動き回っていても、ぼんやりと考え事をしながら行動するばかりでは、精神が疲れたり、負の感情に囚われやすくなってしまいます。

こうして、「ぼんやりと考えごとをする時間」を減らし、湧き上がってくる自動思考を抑える事で、心が充実して、リフレッシュすることができます。また、より現実に沿った行動が出来るので、行動の「質」を高めることにも繋がります。

先程、レーズンエクササイズや、アンガーマネジメントという例を出しましたが、これは心理療法としても使われるくらい、心の健康に効果のある方法だと言われているんです。

スティーブ・ジョブズや、ビル・ゲイツは、大変忙しいスケジュールをこなし、重いプレッシャーを抱える日々を送りながらも、この「マインドフルネス」を実践し、無駄な思考を減らす事によって、心の健康を保っていると言われています。

こうして、「何も考えずに、今、ここに集中すること」を、総称して「瞑想」と言います。

古来から、沢山の宗教家が、この「瞑想」を行って来ました。座禅を組んだり、ヨガを行ったり、滝に打たれたりしてきたのは、「何も考えずに、今、ここに集中する」ためなんです。

とあるお坊さんは、「自分が行っていることを常に認識し、無意識の行為を一切消滅させていく。この時間を増やしていくと、そのまま修行者になる」と言っています。

こうして、この瞑想を現代風に、日常生活に取り入れたスタイルの事を、「マインドフルネス」と呼んでいるだけなんです。

世界のリーダーたちが大きな仕事を成し遂げる裏側には、こうした心のコントロール方法があったのですね。

天理教では、目指すべき心の在り方を「晴天心」や、「澄んだ水」に例えて教えて頂きます。

これは心に「ほこり」が立っていない状態、つまり負の感情に振り回されていないのはもちろんの事、ぼんやりと考えごとをせずに、目の前の事に集中している、澄み切った姿だと考える事が出来ます。

生活をする中では、イライラしたり、モヤモヤしたり、負の感情に支配されてしまうこともありますが、それは自動思考によって、「考えさせられている」のだと、しっかり認識することが大切です。

また、ぼんやりと考え込む時間を作ると、心が不安定になってしまいますので、とにかく動くということを心がけましょう。

目の前の事にしっかりと集中して取り組む。きりきり舞いで仕事をこなしていく事によって、「心が晴れる」という事を覚えておいて頂きたいと思います。

多くの人を喜ばせる、世界のリーダーに学ばせて頂き、澄み切った心で毎日を過ごさせて頂きましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?