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集中しない事が発想に繋がる

何かを思いつく時は、突然訪れる事の方が多い。

脳科学の専門でも無いため、この事実を証明できるわけではないけれど、実際にそんな経験をしている人は多いのでは無いだろうか。

何かアイデアを出すためにただひたすら一つのことを考える時には、中々良いアイデアが出ないけれど、一旦考えることを辞めて、運動したり、お風呂に入ってボーッとしたりしている時に、ポンッとアイデアが思い付く事は良くある。

そこで思いついたアイデアが百発百中で良いものかどうかは、わからないものの、アイデア自体が浮かぶ事はほとんど間違いない。

この様な経験をしているので、物事を考えるには一旦その場から離れる必要性があると感じていた。

完全なる経験則である。

しかし、昨日何気無く読んでいた本から面白い事を学び、この経験則が「アンチ集中力」だったのだと言う事に気がついたのである。

この本の中で著者の森博嗣さんは、「集中しない事」にどんなメリットがあり、なぜ集中しない事が必要なのかを教えている。

森さんはこの「集中しない事」を、アンチ集中力と表現している。

正直なところ、僕がこの本を手に取ったのは、森さんのエッセイが好きだからと言うだけで、僕自身は「集中力はいらない」とは思っていなかった。

むしろ、集中しなければ様々な物事に力が分散し、全てが中途半端になると思っている事は、「集中力はいらない」の読了後も同じである。

言葉で揚げ足を取るような事をするのなら、「集中する事」は必要だけど、「集中力」は不要なのだと思えるのだ。

以前のコラム・エッセイでも、「エッセンシャル思考」の話を取り上げてきた。

99%の無駄な事を捨て、1%の必要な事を選択し集中する事の重要性を説いた本であり、とりわけ「集中する事」を学び、実践する人にはオススメの書籍であり、僕にとっても何度も読み返すほどの本である。

ただ「エッセンシャル思考」の中では、語られていない重要な要素があると思っていた。

それは発想の過程である。

「エッセンシャル思考」は物事を選択する事から始まって、見極める事、捨てる事と続くようになる。

最初から物事を選択する立場をとっているのは、きっと現代人のほとんどが既に選択できない物事に溢れた中で生活し、混乱していると感じているからだろう。

しかし、一方ではアイデアを欲する人もいる。

何かを企画する仕事や、作家業などアイデアを出す事が仕事のような人には、集中するだけでは不十分なことが出てくる。

僕も毎日コラム・エッセイを書いていれば、アイデアに困ることもある。

そこで必要になるのが発想の過程で、その発想を支えるのがアンチ集中力なのである。

「エッセンシャル思考」を読んでしまうと、集中は良いことだと決めつけてしまいがちであるが、これは読書として本質的でなく、短絡的な状態である。

先程も言ったように、物事を選択するなどの集中する事は非常に大切だ。

ただし、0から1を生み出す発想の過程では集中するよりも、より自由な頭でいる事の方がアイデアが生まれやすいのである。

冒頭でも言ったように経験則であっても、この事実を体感している人も多いはずだ。

つまり、発想する過程ではアンチ集中力の状態が好ましく、発想して試す段階以降はとことん集中する事が良さそうだと言う事である。

自分を表現することが誰にでもほとんど平等で容易になった世界では、自由に発想する事も同時に求められる。

少しややこしいかもしれないが、アンチ集中力と集中する事を理解し取り込むことができれば、もっと自分のうちにある何かを表現できるかもしれない。

【本日の参考図書】

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