【ブリストルひとり旅①】イギリス西部の町へ。はじめてホームレスに◯◯を手渡した日。
グラストンベリー宿チェックアウト直前まで次の行き先が決まらなかった。
いや、私は「今日どこに行くのかわからないワクワク感」を体験したかったんだと思う。
どこかへ旅をする時、私は詳細なプランを立てない。
「ここだけは絶対に行きたい」という場所だけにピンを立てて、あとはノープランなことが多い。
実は、大昔はこの真逆だった。
10代後半〜20代前半までは、当時付き合っていた彼氏と旅行に行く際「私たちの旅パンフレット」なるものを作り、修学旅行ばりにプランを立てていた。
旅行の計画を練るのは、実は得意なのである。
今それを思い出し、「うっわー窮屈の極み!」としか思えない私がいる。
誰かとどこかへ行く時にこのスキルは大活躍するが、私はひとり旅が大好きだ。
その時の気分で右に行くか左に行くか決めたい。
その日着る洋服も、その時の気分でしか決めない。
どこかへのフライトで空港に行く時、ゲート案内表示を見ながら
「今の気分で行き先決めてフライトしたい」
と毎回のように思ったりする。
今回の大浄化の旅はとにかく直感重視だ。
よって、最終日の朝の気分と直感を頼りに決めたのだった。
グラストンベリーでかなり回復したが、まだ彼に会いたい気分ではない。
もう少しどこかで一人きりで自分と向き合いたい。
国外へ出る選択肢もあった。
意外に未だに行ったことのないパリに行くのもいいし、大好きなイタリアに再度行くのもいい(10月にローマを訪れたばかり)。
大好きなハイジの故郷、スイスに行くのもアリだな。
イギリスにいる特権は、ヨーロッパに気軽に行けることだ。
しかし、天気予報を見ると明日からの週末は警報レベルの大雨。
しかも、グラストンベリーはロンドンより遥か西部にある為、どこの空港に行くにも今から行ったのではどんなに急いでも夜遅くのフライトになってしまう。
いや、そもそもの話。
こんなことを”思考”を使って色々と考えていること自体が、もうその行き先は違うんだと悟った。
今回のテーマは「大浄化」。
できるだけ移動時間を少なくして、リラックスできる時間を多く取ることが最優先事項だ。
というわけで、ロンドンからグラストンベリーに来た時にバスを乗り換えた「ブリストル」という町に滞在してみることにした。
グラストンベリーに来るまで、町の名前すら聞いたことがなかった。
何があるとかどんな町とかまったく見当がつかないが、とりあえずバス停からのアクセスが良さそうなホテルを選び予約した。
ローカルバスに揺られて、ブリストルに着いた。
チェックインまで数時間あったので、さっき予約したホテルに向かいスーツケースを預けることに。
おいしい香りが漂うマーケットのアーケードを抜けたらすぐ目の前にホテルがあった。
値段のわりにゴージャスな外観、門がありしっかりしていて敷地が広い。
フロントのお姉さんもとても親切。
中庭の喫煙所(というか座り心地抜群な芝生風チェアー)でしばし休憩しながらマップを眺め、町を散策してみることにした。
歩き始めてすぐ見つけた、アスファルトのお花。
この町は、アート味が強い。
最近ロンドンで見かけなかったメリー・ポピンズ、ブリストルにいたんだ!
一度鑑賞したが、とっても素敵な作品だった。
歩いていると、大きく立派な教会が。
ここは「ブリストル大聖堂」。
入ってみることにした。
神聖な空間で、天井がとても高い。
ステンドグラスがどれも美しく、ちょうど太陽が差し込み、色がそれぞれキラキラと輝いていた。
ここから三脚に載せたカメラを構えた人たちが、ざっと10人はいた。
私も紛れてスマホで撮ってみたが、そりゃカメラを構えたくもなるよなと納得したほど美しい光に包まれた大聖堂だった。
私はクリスチャンではないが、ここに腰掛けさせてもらい、グラストンベリー気付かせてもらった自分の内側の大きな女性性と向き合ういい時間だった。
大聖堂から出てくると、入ってきた時にいた入口脇に座り込んでいたホームレスの男性と目が合った。
私が住むロンドンも、ホームレスが多い。
みなさん、段ボールに「Please give me money」に加え、中にはどうしてホームレスになったのかなどの人生史を詳しく書いている人もいる。
私は、これまでホームレスに何かを差し出したことがない。
本当にキリがないほどいるし、この人の人生がこの一瞬の出会いで良くなるわけでもないし。
ロンドンではアピールがすごい人もいたり、ホームレスではない一般の人から「タバコくれない?」「お金(少額)くれない?」と声をかけられるのが日常茶飯事でもあり、道端で遭遇するあらゆるアピールに嫌気がさしていた。
大人のみならず、小学校の制服を着た子どもに声をかけられたこともあり驚いた。
「ワンチャンいける」と思って声をかけてくるのだ。
私は、あなたの友だちでも家族でもないどころか、今すれ違っただけの歩行者X。
そのような人に「どうぞ」と差し出すほどの優しさは持ち合わせていない。
そんな私が次の瞬間、人生で初めてホームレスに声をかけた。
彼の目の奥のなにかがが心にすっと入ってきたからなのか、グラストンベリーで内側の変化があったからなのか、これといった理由は説明できない。
普段現金を全く持ち歩かないが、グラストンベリーでどうしても手に入れたいポストカードを購入するため、ほんの少しおろしたお釣りのコインがポケットに入っているのを思い出した。
彼の目の前にしゃがみ、コインを彼が持っていた紙コップの中に入れた。
彼は瞳を閉じながら胸に手をあてて「Thank you」と言った。
その後、なぜかわからないが反射的に、反対側のポケットに入れていたほかほかのカイロを取り出した。
「これ、日本でよく使われてるカイロです(外国にはない)。1日中外にいたら手がとても冷たいでしょう、ちょっと握ってみてください。」
そう伝えながら、ボロボロの手袋をした彼の手の平の乗せた。
彼はとてもあたたかいという表情を浮かべながら微笑み、「Thank you,thank you」と繰り返した。
これはこっちに来る時に仲良しの先輩が持たせてくれたカイロ、冬旅の最高の相棒だ。
この日は風が強く寒かったので、朝グラストンベリーのホテルを出る時に忍ばせていたのだった。
私はダウンジャケットを着ているし、ラッキーなことに晴れてくれたから大丈夫。
というより、そんなことも考える間もなく咄嗟にカイロを手渡した自分に驚いた。
先述の通り、私は今まで幾度となくホームレスの目の前を素通りしてきた人間だ。
これを悪いことだとも思わないし、日常の中で当たり前の光景になりすぎて意識したこともなかった。
私も諸々でコンスタントに働いていないし、有り余るお金を持っているわけでもない。
しかし有り難いことに、雨風凌げる家があって、その日食べるものに困ってもいない。
衣服もあって、今も凍えて動けないほど寒くない格好をしている。
いや、そんなことでもなく。
この瞬間、彼にコインとカイロを手渡したいと思った私がただそこにいたのだ。
彼にカイロを手渡した後、背後から「気をつけて!」と女性の声が聞こえた。
振り向くと、私と同じくらいの年頃の女性と3歳くらいの女の子。
大聖堂に入ろうとしてここを通ったのだった。
「あなたここに住んでる人?
ブリストルはね、ホームレスが本当に多い町よ。
どこにでもいるわ。
(彼に向かって)あなたは本物のホームレスよね?」
ホームレスに本物かどうか確認する人を、私は初めて見たので驚いた。
彼は首を縦に振った。
「そうなのね。
彼みたいに本当に困っているホームレスももちろんいるんだけど、最近偽物も多いのよ。
ホームレスのふりをして、人の優しさにつけ込んでお金やものを集めて暮らすずるい人たちもかなりいるの。
中には、家やホテルまでしつこくつけてくる人だっている。
たまたまあなたの前を通りかかったから、気をつけてって伝えたかったの!」
このお姉さんの声色と表情には、憎しみのような邪なエネルギーはまったくなかった。
むしろ、偶然出くわした私の安全を願って、わざわざ時間を使って私に注意喚起をしてくれたのだった。
これは、日本では絶対と言いきれるほどあり得ない光景だ。
このシチュエーションこそ初めてで驚いたものの、海外で生活をしていると普通にすれ違いざまにコミュニケーションを取る。
日本だと、誰かが何かをしていても見て見ぬふりに慣れっこの日本人が多いと気付く瞬間でもある。
私のことを思って注意喚起してくれたお姉さんのご厚意をありがたく受け取り、
「なんて親切な人なの!本当にありがとう。」
とお礼を言うと、素敵な笑顔で手を振りながら女の子と大聖堂に入っていった。
それと同時に、このホームレスの彼が嫌な想いをしていないかが一番気になり心配だった。
しかしぶっちゃけ、この彼が本物であろうが偽物であろうがどっちでもいいと思った。
確かなことは、「この人に差し出したい」と思った私の気持ちは本物で、心のまま行動したまでだ。
それに、無理をしているわけでもなんでもない。
世の中には、自分を蔑ろ(犠牲)にして人に施すのが優しさや美学だと思っている人がいる。
私はそうは思わない。
まずは自分の状態を良好に保つことが最優先だ。
自分の気分が良くなってはじめて周りに目が向いて、自然になにかを与えることができる。
自分を蔑ろにしていると、次に出てくる感情は決まって妬みだ。
「私はこんなに我慢しているのにどうして」
この状態になるのは、負のループにハマっていくだけだと思う。
そうじゃなくて、我慢させている自分にまず謝罪。
そしてまず、自分を満たす。
自分自身が満ちれば自然に溢れる、これこそが「豊かさ」だと思っている。
グラストンベリーで自分の内側にあるひたひたの「魂の泉」に触れたことで、自分の行動にたしかな変化が起こったわけだ。
彼に
「Have a lovely day!」
と伝えてその場を後にした。
彼は最後まで何度も「Thank you」と、カイロを握りしめた手で手を振っていた。
一斉に青空を舞った鳩を見上げながら、彼の今日が穏やかでありますようにとそっと願った。