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失恋×移住で13年の辛い日々に光が。1年で人生が変わったIT営業職会社員×フォトグラファーのゆりりぃさん

「いま自分がいる場所は本当に自分に合っているのだろうか」
「本当はもっとイキイキと仕事がしたい……」

そんな葛藤を抱えながら、日々生活している人も多いのではないでしょうか。

今回、お話を伺った宮本ゆりこさん(以下ゆりりぃさん)もそのうちのひとりでした。しかし、偶然が重なり、転職をして長崎移住をしたことによって人生が変わったといいます。

体調を崩してしまうまで無理をして働いていた頃から一転、今は大好きな街で好きな仕事をしながら、生活を楽しんでいるゆりりぃさん。

移住のきっかけや長崎での暮らし、今後やりたいことなど詳しく話を伺ってきたので、「今の環境や生活を変えたい」と思っている人はぜひ最後まで読んでみてくださいね。

▼ゆりりぃさんのプロフィール
学生時代から約15年を神戸で過ごし、地域活動なども含め広く神戸の街や人と関わる。現在は会社員として神戸と長崎で多拠点生活を送りながら、風景写真を中心に活動風景やポートレートも撮影。大手出版社の観光関連書籍や、自治体観光Webサイトや広報印刷物の撮影を一部担当。活動風景は、ハイブランドのライブ筆耕を担当するカリグラファーや社会福祉法人による地元名菓の販売会など多岐にわたる。ポートレートでは、被写体の自然な表情を引き出すことを得意とするとともに、顔が映らない撮影でもモデルの雰囲気が伝わるとの評価を得ている。

感情を塞ぎ込んで働いていた新卒からの13年間

小さい頃は喜怒哀楽がはっきりしていて、明るい性格だったゆりりぃさん。しかし、新卒で入った会社でその性格が原因でいじめられてしまったといいます。 

「無視されたりしたわけではないんですけど、ちゃんと仕事を教えてもらえなかったり、そういうのが色々あって、『ここ間違ってると思う』とか『もっとこうしたらいいんじゃないか』とか、そういった意見は全然言えなくなってしまいましたね。それに伴って、嫌なことを言われたり、されたりしたとしても全部ニコニコ笑ってやり過ごすようになっちゃって」

作り笑いで自分の心に蓋をして働き続けた結果、最後には心身ともに不調が現れるまでになってしまいました。

少しずつ行動を始めた時に重なった偶然

「仕事を辞める前、最後の3〜4 年は自分が感情を抑えてるってようやく気づき始めました。さらに、コロナでマスク生活が始まったので、無理やり笑わなくて良くなったんですよね。無理に笑顔を作らなくなったことで、自分の正直な気持ちが出てきて、改めてこの仕事は自分に合っていなかったんだなと思うようになりました」

コロナ禍のマスク生活がきっかけで、少しずつ自分の気持ちと向き合い始めるようになったゆりりぃさん。しかし、13年も同じ職場で働いていたので、転職をぼんやり考えてはいたものの、どうしていいか分かりませんでした。

そんな時に、衝撃の事実を知ることに。

3年前に結婚前提で付き合っていた元恋人が、自分の職場の近くに家族と住んでいたのです。

「いつか顔を合わせることになるかもしれない。それはちょっと絶対に嫌だ。もう仕事を辞めるというか、もう独立して何がなんでも神戸を離れる!」

そう心に固く誓って、10年前からこっそり好きだったカメラを手に「フォトグラファー」として生きていこうと、独立準備を始めました。

SNS運用に力を入れたり、写真の勉強をしたり、ライティングを独学で勉強したり、毎月東京と神戸を往復したり、と着々と独立への道を進むゆりりぃさんにさらなる転機が。

「以前から交流のあった経営者の方に、新年のご挨拶と合わせて退職を報告しに行ったんですよ。そうしたら、『新会社を設立するから、君の力を貸して欲しい』と言われて、転職の誘いを受けました。『副業もOKだから、カメラの仕事もしていいし、フルリモートだから、好きな場所にも住んでいい』と言われて」

フォトグラファーとして独立するつもりだったゆりりぃさんは一瞬迷いましたが、せっかくなら「全部の環境をリセットしてみよう」と転職と同時に、以前から大好きだった長崎への移住を決めました。

心のゆとりを持てるようになった長崎移住

ゆりりぃさんが元々働いていたところは市役所。そして転職した会社はIT系のスタートアップの会社。それに加えて、フルリモートフルフレックス勤務ということもあり、働き方が大きく変わったといいます。

「以前は毎朝早起きして満員電車に揺られて、朝から夜まで仕事をして、遅い時間に帰ってきてご飯を食べて寝る、という生活をしていました。けれど、いまは在宅の仕事が多いので、生活に余裕が出てきましたし、自分の体調を労わりながら働くことができるようになりました」

以前と比べて時間的にゆとりが出来たことで、気持ちの面にも変化があったゆりりぃさん。

「前の仕事では人に頼れなかったんですよね。何でもかんでも自分で背負い込んで、自分の心に無理をさせていました。でもいまは、周りの人にも恵まれているし、0からみんなで創っていこうという雰囲気があるので、自分の意見も言いやすくなりました。かなり生きやすくなりました」

何もかも変わったように感じるゆりりぃさんですが、実は勤めているIT企業の業務内容は、デジタルの力を使って自治体の業務改善などをお手伝いすること。ここに前の市役所勤務での経験が大いに活かされているのです。

ゆりりぃさんが感じる長崎の魅力

そんなゆりりぃさんの生き方を変えた運命の場所、長崎との出会いは偶然でした。

「実は祖母が佐世保の出身なので、昔から興味はあったんです。でも当時は、国内より海外派だったので、来ることはありませんでした。そんな時、母とふたりで旅行の計画をしていたら、長崎行きのチケットがセールになっていて。その観光途中に出会った『大浦天主堂』という教会のあまりの美しさに感動しました。これは一目惚れですね。

「そこから長崎の教会巡りをするために毎年足を運びました」

ゆりりぃさんが思う長崎の魅力は「日本と中国とオランダ、そして新しいものと古いものが混ざり合っている建築や街並み」。

大好きな長崎の魅力を多くの人に伝えるべく、少しずつ長崎でのフォトグラファーとしての実績も積み始めているそうです。

フォトグラファーを決意した1枚の写真

現在『会社員』と『フォトグラファー』という2つの顔を持つゆりりぃさんがカメラに出会ったのは旅がきっかけでした。

元々旅が好きで、色んなところに足を運ぶうちに旅先の美しい景色を多くの人に伝えたいと思うようになります。

「携帯やスマホの写真じゃ全然足りない、絵も下手だからイラストも描けない」そう考えたゆりりぃさんが手に取ったのがカメラでした。

旅先で写真を撮る楽しさを覚えたものの、前職で働いていた10年は旅行に出かけた時にたまに写真を撮る程度で、フォトグラファーになりたい、という夢は頭の片隅に置いてあるだけ。

そこで新たな転機になったのが、独立したいと思って動き始めていた頃でした。いつかの独立のために通っていたSNS運用の講座仲間に、「副業用のプロフィール写真を撮って欲しい」と依頼されました。

ゆりりぃさんが撮ったその1枚の写真に、依頼した仲間も周りの人たちもみんな引き込まれて、想像以上の高評価をもらい、そこでフォトグラファーへの道を決意したといいます。

余白と直感を大事に生きる

「しばらくは会社員とフォトグラファーという二軸でやっていきたい」と語るゆりりぃさん。会社にいるからこそできる勉強もあるし、何よりいまは楽しく働いているからこそ、このワークスタイルを続けたいと思えるのだとか。

これからは自治体と一緒に組んで、地方創生や地方の魅力を発信していきたい、という目標も教えてくれました。

そしてゆりりぃさんのさらなる目標は、「写真とことばで自分の美しいと思う世界観を伝えられる本を出すこと」

ゆりりぃさんにとっての美しい世界観とは、カフェの席に窓から差し込む光や、作業している人の横顔、など日常の中でキラリと光る「何気ない瞬間」。それはゆりりぃさんが撮る写真のスタイルにも表れています。

最後に、旅をする中で余白と直感の大切さに気づいたというゆりりぃさんにこれからも旅を続けたいですか?と聞いたところ、こんな答えが返ってきました。

「旅はもちろんこれからも続けていきたいです。そしてもうすぐ結婚するパートナーがいるんですけど、その彼が興味があるところに行くというのも面白いなと思っています。自分が興味があるとこに行って感動するのは、ある意味当たり前なので、自分が興味がなかったところに行くことで何に出会えるのかなって」



今回、ゆりりぃさんのストーリーを聞いてふと浮かんだ言葉は、「セレンディピティ(思いもよらなかった偶然がもたらす幸運)」。

つらい思い出が多かった13年間から、色んな偶然が重なり、約1年で好きな場所にも仕事にもパートナーにも出会えたゆりりぃさん。

これらの出来事は単なる偶然ではなく、ゆりりぃさんが前を向いて行動し続けた結果、引き寄せた幸運なのかもしれません。

インタビュー・執筆: 有村奈津美
写真提供: 宮本ゆりこさん

宮本ゆりこ(ゆりりぃ)さんの発信する言葉や写真もぜひ覗いてみてください。
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