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書くことと私。

日々、つくづく感じることは、
わたしにとっての『書くこと』の重要性。
『書くこと』はわたしにとって不可欠、
まるで酸素のような存在だと改めて感じている。

わたしが小学4年生の時の担任の先生は、
お便りの発行にとても熱心で、毎日クラスだよりが
終わりの会に配られていた。
『ひとつのこと』というタイトルで、藁半紙に手書きでつづられた
その手紙は、終業式の時に業者に手渡し、1冊の冊子としてまとめられたと記憶する。当時、その手紙には、クラスの日常の様子と、子供たちの作文が書き写されていた。わたしの作文は、その手紙によく採用されており、
自分の作文が掲載されているのを目にし、誇らしく思ったものだった。

しかしながら、文章を書くことに対する思いなど自覚することもなく、
時には英語のサウンドの美しさに魅了され、英語の勉強に没頭したりと、日本語で文章をつづることの魅力に、気づくこともなく日々は過ぎて行ったのだが、子育てをきっかけに、日々のようすを記録したいというフワリとした思いが、文章をつづることの魅力に気づくきっかけとなる。

PCに向かいながらつまめるおやつは大好き♡

何気なく始めた日常をつづったブログや、外出先で訪れたレストランの
レビューなどを書き留めているうちに、書き終わった後の爽快感や、
頭の中がすっきりとしている感覚をおぼえ、もしかして『書くこと』って
私に合ってるのかも?と少しづつ気づき始め、今ではPCに向かっている時間が自分にとって『幸せ』を感じる時間だとも自覚している。

『書くこと』はわたしのライフワークだと思う。
書いている時間と幸せは、わたしにとって『=』なのだ。

振り返れば、それに気づかせてくれたもともとのきっかけは
小学4年生の時のお便りだったと思う。先生元気かな。お会いしたら
この気持ちに寄せて感謝の言葉を述べたいと思う。





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