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パパイオアヌー《TRANSVERSE ORIENTATION》〜美と驚きに満ちた舞台芸術を体感して〜

2022年7月30日、ディミトリス・パパイオアヌーの舞台《TRANSVERSE ORIENTATION》(彩の国さいたま芸術劇場)に行ってきました!
 
パパイオアヌーは、アテネ五輪の開閉会式を演出したことで知られる、舞台芸術の世界的アーティスト。3年ぶりの来日公演です。
 
「TRANSVERSE ORIENTATION」とは、蛾などの昆虫がもつ、月光をたよりにして飛ぶ方向を定める習性を指すそうです。ただし人口的な光が溢れる現代社会では、昆虫たちは飛ぶ方向を撹乱され戸惑っている、とも。
ちなみにこのタイトル、パパイオアヌーの友人が付けたのだとか。タイトルが別の光を当て、作品を変えるとパパイオアヌーは語っていて、「タイトルの魔術」とも言える化学反応の妙が感じられます。


ぽたっ、ぴたっ……ぽたっ……。

開演時間が近づくと、ざわめくホールのどこか遠くの方から、水滴が落ちる音が控えめかつ断続的に聞こえてきました。緞帳のないむき出しの舞台上には、淡いグレーの壁が広がっています。その向かって左端の高い位置に接触の悪いらしい蛍光灯が一本取り付けられ、右端には人が一人通れる程度のドアが一つ。ドアの横には背の低い水道管(蛇口)が立っています。殺風景とさえ言える超ミニマルなセット……ここからパフォーマンスは始まります。

出演者は合計8名。まず、その動作がコミカルにも映る、全身黒ずくめで同じ背格好の人達が現れます。脚立や梯子を使う場面があるのですが、それら小道具の影が壁に幾何学模様を描き出し、舞台は陰影に富んだスタイリッシュな空間へ変容していきます。キャスター付きのライトをダンサーが舞台上で移動させ、光と影を効果的に操る演出も見事でした。
 
こうして空間演出にも関わりつつ、ダンサーたちは緻密なパフォーマンスを繰り広げます。「古代ギリシャで称賛された肉体美」を彷彿させる鍛え上げた裸体も、躊躇なく観客に晒します。脱ぐ動作もスマートで速い!しかも何人もが脱いだり着たりを繰り返します。

 彼ら彼女らの身体の動きは、意表を突いた奇妙なもの(なかにはグロテスクに見えるものも)を含め、どんな瞬間を切り取っても絵になりそうでした。
開演前、階下で同時開催中の「パパイオアヌー舞台写真展」を観ましたが、美はカメラが捉えたその一瞬にだけ宿るのではなく、絶え間なく連続する芸術的瞬間が、この舞台を作り上げていると思われました。

さらに思いもよらない展開がそこに加わって、アクティブな場面はもとより、静的な場面においても全く目が離せないものになっていました。
例えば、一場面のみ登場するダンサーの一人は太った女性で、全裸で杖をつきながらゆっくり舞台を歩いていきます。女性が一人歩いているだけなのに、全裸という一種異様なシチュエーションもあってか、固唾を呑んで見つめてしまう。そんな吸引力がありました。

webサイト、チラシやパンフなどのテキストを参照すると、前述した光と影に加えて、インパクトをもって登場し強い印象を残す黒い雄牛(ミノタウロス?)、水が大事な要素として挙げられています。
とりわけ黒い牛は巨大で強烈な存在感を放っていたため、その登場場面が取り上げられることが多いのは、いわば必然とも言えるでしょう。絶対に無視できません。

左は会場で配布されたパンフレット


その一方で、私が注目したのは水でした。水は目立たないようでいて、実はこの舞台を根底で支えているとうかがえたのです。
終盤、ミニマルな舞台セットが変わり果て、その思いがけない展開と様相に目を見開いているうちに、バチッと電気が切られ舞台は暗転、The Endを迎えます。そしてカーテンコールが続いた後、皆が帰り支度を始めた頃に再び舞台を眺めて、はっとさせられました。開演前に聞こえた水滴の音は開演とともに聞こえなくなるものの、実は水は滴り続け、この最後の場面に繋がっていたのだと……。

水浸しになった舞台(終演後撮影)


パパイオアヌーの周到さに驚愕した瞬間でした!
 
さらにその翌々日になって、開演前から水道の隣にスタンドマイクが置いてあったことを思い出しました。実は、最初のうちその存在を不思議に思いましたが、小道具として使われて撤去されたため、それ以上気に留めずにいたのです。
思うに、斜め下へ向けたアームにはめられたマイクは、蛇口から落ちる滴の音を拾っていた、もしくはそのことを示唆していたのかもしれません。

独特の感性と知性が創り上げた鬼才パパイオアヌーの世界に、感性が大いに刺激されました。何より純粋に楽しかった!ぜひまた生で体感したいです!!
 





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