夏川紫衣
生きるためにことばを。個人的に読み進めた本の中から、あなたのこころへお届けします。
早いもので1年が終わってしまい、気がつけば2024年も残り10ヶ月となろうとしていますがいかがお過ごしでしょうか。 毎年面白かった本を掲載しておりましたが、今年はすっかりバタバタして掲載できておりませんでした。ごめんなさい。 今更にはなりますが、以下面白かった本をご紹介します。 昨年の記事はこちらになります それでは、2023年版を紹介していきたいと思います! 1冊目はこちら 今まで生きてきた中で幾度となく誰かに「面白いから読みな」と言われ、人に言われると読まされている
ホットティーを飲みたくなったら秋だと、勝手に思い込んでいる節がある。 引き出しの中に仕舞われていたティーパックを取り出し、コップにセットするだけで気分は浮かれる。まだ序の口なのに、勝手に頭の中でレコードをセットして音楽を流してしまったりして。 ケトルのお湯が沸いた合図がしたら、そっとコップへお湯を注ぐ。 部屋いっぱいに広がったアールグレイの香りが豊かで、秋めいている。 やはり初めの紅茶はアールグレイでないと。 これから徐々にアップルやはちみつ系の甘いものを試して、最後は睡眠効
「ブランコで一回転したことあるよ!」 そう彼女は大見栄を切って私に言い放った。 「すごいねー!」 「でも今日はうまくできないから、ただ漕ぐだけにしとく」 そう言って、彼女はブランコを1回転しそうなほど漕いだ。振り幅が120度くらい行っていた気がする。ちょうど、この前数学の授業でもらった分度器を透かせて空と公園の木々が映った。 「とうッ!」 掛け声と共に彼女は手を振り解き、ブランコの周りを囲う柵よりも遠くへとジャンプした。まるで、少年ジャンプの表紙絵のようなジャンピング。カンマ
「趣味はなんですか」 そう問われたら、私は真っ先に読書ですと答える。 すると、8割ほどは嘲笑気味にそうですか、と答えて終わり。 このやり取りの、なんと意味のないものかと、毎度のことながら思う。 相手の趣味が自分の趣味と合致しているかどうかの答え合わせがしたいだけの問い。ただ、相手が喋りたいだけの壁を見つけるためだけの言葉。 そして最後には合致していないとわかるや否や、侮蔑。 読書ってそんなに軽蔑されてましたっけ? あれだけ小学生の頃に「読書感想文」と題された宿題を出されたり、
どうしても、譲れない線がある。 その線を越えてこちら側へやってくる者が、ならず者がこの世には存在する。 大きく踏み込んで切り込んでくるし、マシンガンのように捲し立てる時もある。息継ぎする暇も与えないほどの自分勝手な傲慢さ。お前は自分より下だと分からせてあげているのと言わんばかりの罵声。全て、自分自身に自信がないからそういった行動に出るのだよとどこかのコラムは書いている。 だから、相手にするだけ無駄なのだとも。 それでも、その場に居合わせてしまった自分はどのように切り返すのがい
「何も問題はないですね」 そう言われて私はホッと胸を撫で下ろす。 時計の針は15時を過ぎて、あちらこちらでバタバタと移動する足音が聞こえる。病院内は静かだと言いつつも、やはり裏側は大変そうだった。 「そうですか、わかりました」 「また問題がありましたら、何なりとおっしゃってください」 「はい、ありがとうございました」 そう伝えると、診察室を後にした。 何も問題はない、か。 あれだけの出来事がありながら何もないだなんて、不思議だ。 私はまた、忘れてしまっているような気がして怖い
ふと、過去から声が聞こえてくる。 「もっと頑張りなさいよ」 「あんたならできる、信じてる」 「どうしてこんなこともできないの!?」 「どうせ知らないだろうけれど」 「こんなことも知らないで」 「ちゃんとしろって言ってるの」 振り返れば、罵声ばかりの日々だったなぁと改めて思う。 それもこれもみんな「あなたのため」という大義名分の下で。 「お母さん、心配だったの」 心配なら何を言ってもいいのだろうか。 「あなたが困らないようにしたかったの」 自分が鬱憤を晴らしたかっただけなのでは
「あら…」 と会った瞬間言葉に詰まる母を見るのは久しぶりだった。 思えば目が合ったのはこの時だけだった。 「髪切ったの…?」 「うん」 「いいじゃない…芸能人みたいw」 「もうまとめるの面倒でさー伸ばせばよかったーなんて思ったりもするけどね」 「あーそうそう、逃げ恥の人みたい」 少し間をおいて、置き換えた芸能人の名前が出てきた。きっと、喉元まで出ていたのは違う芸人の名前だと察知してしまったとしても、知らないフリ。わからないフリ。 「そう?」 「それでね、この前お母さん同士で会
随分と久しぶりの投稿になってしまいました。 夏の暑さが続くこの頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。 私はベランダで育てていた野菜がみるみるうちに水分不足を訴えかけているのを見て、慌てて水やりを強化しているところになります。 私は最近、漸く重い腰を上げて取り組んでいることがあります。 それは、こびりついた自分の「固定観念」の掃除です。 残念ながら、齢25にしても早くもこびりついて離れない概念というものが存在します。思考の癖、と言いましょうか。A=Bのような方程式を思い込みによっ
悲しみがこんにちはと言ってやってくるなら、苦しみを見送りたい。 声を出してしっかりと「さようなら」したい。 後ろ髪引かれるさようならではなくて、「決別」という単語で締め括れるくらいの潔いさようならがいい。 私ならそうする。 そうしたい。 「そうさせて」 はっと目線を上げると、祖母と眼が合う。 「え?」 「そうさせてちょうだい。私がそうしたいのだから」 祖母はよくそう言った。 私が選ぶのが遅くても急かすことなく、私が選びたい時間をゆっくりと相談して決めた。そして、決まって私が申
話が全くと言っていいほど、まとまらない。 どうしたものか、と不思議に思って、逆立ちしてみたが何も変わらなかった。 普通の6畳ワンルームで逆立ちをする私が鏡に映った時に気づいたことは腹が出てること。変化といえば、それくらい。他には.. 二の腕が前より大きくなっただとか、髪が伸びてきただとか。 あら、意外とあるじゃない変化が。 悪い方ばかりに目が入ってしまうけれども。それでも.. 「中身」は相変わらず、中学生の時と変わらない。だからこそ、話がまとまらないのだが。 逆立ちしても変わ
「えっと、どこまで話しましたっけ?」 そう彼女に言われてふと目線を上げると、喫茶店のテーブル席に座った彼女が私に探るような目線で問いかける。この人はちゃんと聞いているのだろうか?という疑問が頭にあるらしい。かく言う私も心外ではあるが、さっきまで彼女が話していた内容を要約して答える。 「ええ、彼氏さんが嘘をつくということについて、話されていましたよ。ほら、仕事と言って仕事ではないだとか、飲み会だと言って飲み会じゃないとか」 「そうですね、そう言いました。私は、彼との関係について
私が私でいられなくなった時、信じられないほど過去の記憶に溺れる。 あの時こう言われたなとか、こう言われて辛かったなとか、そういう気持ちの中に沈んで、溺れて。 もがいても足掻いても、まるで水の底から伸ばす手に引き戻されたかのように、苦しい。過去の私が、今の私に手を伸ばして言う。 「しにたい」って。 「そうだね、辛かったね」と受け入れてあげればいいものの、どこか受け入れられない自分がいる。 どこか同調する自分がいる。 「私だって、しにたかった」 でも、死ねなかった。 「私は愛され
「謝りなさいよ!」 すごい剣幕で怒鳴りつけてきたかと思えば、上から手が出る。「ごめんなさい」が小さいと、また怒鳴り声が上から降ってくる。所狭しに罵られた言葉を頭の上から浴びながら、ひたすら耐える。正直、耐えるのは慣れっこだ。相手の気が済むまで、こちらが待てば収まってくれるはずなのだ。 相手が飽きるまで終わらないから、ただ殴られる。暴言をめいいっぱい浴びる。心に刺さる言葉を機関銃のように打ち込んで勝ち誇ったように罵る。こちらが涙を堪えている姿がさぞお気に召したみたいで、そうする
忙しない日々を過ごしていると、帰りの電車で眺める媒体が限られてくる。 ツイッターだのINSTAGRAMだのTIKTOKだの。 どこもキラキラしていて素敵。だなんて目移りしても、なんだかんだツイッターに戻ってきてしまう自分がいる。あ、もうツイッターって言わないのか。Xか。 分かってはいるのについ、ツイッターという言葉を使ってしまう。きっと、ガラケーを使うお年寄りと変わらない理由で。馴染みから離れられないのだ。 「陰であなたの悪口言うような奴は放っておいていいんだよ。実際、その人
時折、何もかも手放したくなる夜がある。 ふっと空を舞うように落ちたくなる気持ちがやってくると、どこにも行けないまま落ちていく。 世界からログアウトしたい。 ここじゃない世界に行きたい。 でも、それは叶わない。 いや、叶えようとしていないからか。 世界からログアウトしたいって、どこの世界からだろう。 学校という世界以外に「塾」やら「親戚」やらあったはずの居場所さえ、大人になると「趣味」がないとなくなっていく。 誰かとの共通点を持っていいはずなのに、それにすら怯えてる。 人と関わ