見出し画像

【小説】 ブランコ

「ブランコで一回転したことあるよ!」
そう彼女は大見栄を切って私に言い放った。
「すごいねー!」
「でも今日はうまくできないから、ただ漕ぐだけにしとく」
そう言って、彼女はブランコを1回転しそうなほど漕いだ。振り幅が120度くらい行っていた気がする。ちょうど、この前数学の授業でもらった分度器を透かせて空と公園の木々が映った。
「とうッ!」
掛け声と共に彼女は手を振り解き、ブランコの周りを囲う柵よりも遠くへとジャンプした。まるで、少年ジャンプの表紙絵のようなジャンピング。カンマ0.5秒くらいのスピードで、青い空と彼女の飛んでいる姿が目の裏に焼き付いて離れない。私にとってそのくらい、印象的だった。
華麗に着地して彼女は振り返って言った。
「どう?すごいでしょ?」
私は頷くままにすごいすごいと目を輝かせて答えた。実際、運動音痴の私とは180度違う彼女の行動全てが、すごかった。私は彼女を尊敬していた。

「みっちゃん、すごいんだよ!ブランコから手を離してパーって飛んで、綺麗に着地して、すごかったの」
家に帰って母にそう話すと、そう。と一言言う。そして続けて必ずこう言う。
「ヒナはダメよ。危ないから。真似しないでね」
また「危ない」と言って制限する。あなたのことが心配だからと言わんばかりに行動を制御する。実際、母親というものは心配性だというけれど、それにしても心配しすぎだと思う。私ももう、小学4年生なのに。10歳なのに。
「…わかった」
わかってなくても、わかったというしかないこの場の空気に圧倒されて、私は静かに唇を噛み締める。解りたくないのに、わからされる感覚が嫌だった。私はまだ、わからなかった。

「次はかけっこしようよーはーちゃんが鬼ねー」
「いーちーにーさーんーしー」
数え始めた彼女から一目散にワッと駆け出していく。私も負けないようにと駆け出すけれど、やはり足が遅くてすぐに追いつかれてしまう。気を遣った鬼がいつも遠くに駆けている子を追いかけに行って、きゃーとかわーとかはしゃいでる。その気遣いにすら敏感に感じ取ってしまい、私は鬼に対して勝手に申し訳なくなる。罪悪感。気を使わせてしまったという負い目が、私を離さない。鬼はすぐ、離してくれるけど。
「たっちーヒナちゃんが次おにねー」
そう言って何巡目かくらいで鬼役が回ってくる。周りの子が駆け出すまでの間、数を数えながらどこへ走ろうかと考える。あの子はさっき鬼だったから、違う子がいいだろうな。あの子なら私とちょっとだけ話してくれるからあの子がいいかな。そんなこんなで走り出すと、1歩2歩進んでいくごとに相手のことばかりが気になり出してしまう。
私に付き纏われるのも面倒なんじゃないか、私と仲がいいと思われるのも、本当は嫌なのかも。みたいな。どんどんマイナス思考になっていって、仕舞いには誰も追いかけられなくなってしまう。
「そんなんじゃ、誰も相手してくれないわよ?」
呪いのような母の言葉に耳を奪われるともう目の前が真っ暗になる。日も暮れてないのに。
「大丈夫?疲れた?」
周りはみんな寄ってきてくれるけれど、鬼役がどうとかどうでもよくて、ただ相手に気を使わせてしまったという罪悪感だけが募る。全て、私が悪いのに。
「ごめんね、大丈夫。すぐにタッチしにいくね!そりゃ!」
空元気で走り出す。また、周りからは離されてしまうけれど、頑張って走っていく。気遣って、誰かがまた足取りを遅くして私の近くを走ってる。私はそれにまた気づいてしまって、気まずくてもその子をタッチする。また、募るのは罪悪感。悪いのは私。足が遅くて運動音痴で空気が読めない私。

ブランコで私も一回転できたら、このモヤモヤが消えるだろうか。
ある時ふと、私も思い立って学校の帰り際に公園へ立ち寄った。
いつもと変わらない、ブランコと滑り台しかない公園で一人、ブランコを漕いでいた。ゆらゆらと揺れながらどんどん勢いをつけて、100度くらいまでの高さに上がった気がする。からだも思いの外軽い気がして、まるで空に手が届きそうで、耳を横切る風が気持ちよかった。私だけの揺れ。いいなと思うことと、悪いと思うことと。行ったり来たりの気持ちを胸に、膝を曲げて勢いをつける。さらに加速したブランコに置いていかれないように、からだもぐいっと曲げて揺れに合わせてみる。耳を横切る風が加速する。呼吸も少し荒くなってきても、きっともう少しで1回転だと思えば我慢できた。
いつもと違うからだの使い方をして、手はブランコの鉄の鎖を離さないように脇を締めて、息を大きく吸い込んだ。あと1呼吸で1回転する。そんなところまで来て、私は初めて最後に勢いを足でつけた。
くるっ
ブランコは綺麗に1回転して、そして元に戻った。
はずだった。
私はブランコに乗ったまま、気づいたら夜にいた。
周りには星が煌めいていて、真っ暗闇の中を星雲が駆けていく。星の形をした隕石があったかと思えば、メダカの水槽のぶくぶくみたいな銀河もあった。どれも宝石にように美しくて、私はしばらく呆然と座ったままそこにいた。

(続きはまた明日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?