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【小説】 ほつれ

時折、何もかも手放したくなる夜がある。
ふっと空を舞うように落ちたくなる気持ちがやってくると、どこにも行けないまま落ちていく。
世界からログアウトしたい。
ここじゃない世界に行きたい。
でも、それは叶わない。
いや、叶えようとしていないからか。
世界からログアウトしたいって、どこの世界からだろう。
学校という世界以外に「塾」やら「親戚」やらあったはずの居場所さえ、大人になると「趣味」がないとなくなっていく。
誰かとの共通点を持っていいはずなのに、それにすら怯えてる。
人と関わることに対してストレスを感じるし、自分の発する言葉で相手を傷つけるのを何より恐れている。そんなつもりは、全くないのに。
と、罪悪感を感じたくなくて、人と関わるのが嫌でしょうがない。
「今度どこいく?」
数少ない「友達」と呼べる友人からのLINEを画面越しに眺めながら、今度行く場所について思いを馳せる。
岩盤浴がいいか、この前取り上げられていたカフェがいいか、あるいはイベントに行くのもいいだろうか。
こうやって頭の中で行く場所を考えているのは楽しい。
楽しいのだ。
相手と会うと、その相手の機嫌ばかり気にしてしまって何にも話せなくなるけれど。
「このカフェとか、ここで開催されてる個展を見に行くのとかどう?」
考えながら打つ文字は早い。考えるのは好きだから。
「良さそう〜」
すぐさま反応が返ってくる。
自信がなくなる時は大抵、何かしらに対して曖昧な感情を持っていて、処理が追いついていない時だったりする。
「じゃあ11時に渋谷で〜」
可愛いスタンプのやりとりを終えると携帯を放り投げた。
何を着ていこうかな
決まってしまえば、あとは動くだけだから楽だ。
当日になってバタバタするのはごめんだし、今のうちに大体の予想を立てておきたいところ。そう思いながらクローゼットを開ける。
「行かなければよかった」なんて思ったことのある過去がぽっかりと目の前に現れたりする。その瞬間を思い出すたびに、私は人と会うのが怖くなる。
それでも。
次会う友達はきっと、そんなことは思わない。
思わせてくるような人じゃない。
嫌味を言うこともなく、マウントを取ることもなく、ただ「いいね」と同意したり異なる意見を理解できる人なのだ。
どさっと雑にベットに服を置いていくと、色褪せていたりほつれが目立つものもあって改めて服の管理を見直す必要がある気がした。
どれどれと腰をかがめてゆっくり服を確認していく。
きっと、その時代ごとに無意識に選ばれる友人関係があやとりのように紐が交差する。
一度は離れた心が何十年後、何の変哲もなしに引き合う線がある。
それがいわゆる縁と呼ばれるものだし、結びつき何だろうな。
今遠くに離れてしまったとしても、いつかそのほつれが戻る時があると信じて。


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