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父の没後一年を経過して、他愛もない振り返りを。

ここしばらく、認知症の母のことについての観察日記を書いてきたが、それはそれとして、現在の状況と心情を一旦まとめておこうと思う。

そもそもだが、10年以上前に両親が倒れて、介護離職をして地元に帰ってきた私だが、10年の間には確かに色々あった。
一番の変化は、去年11月に、享年85歳で父が死亡したことだと思う。
父の死亡は一ミリも悲しくないが、それはそれとして、去年のこの時期は葬儀を済ませ、母の認知症が進行し体調も悪い様子で、福祉のサービスに繋ぐのに忙しく、本当に大変だったと振り返る。

一年の間に、一番大変だったのは、父が、5年前に亡くなった伯母(父の姉)の遺産を、きちんとした相続手続きをする前に使い込んでいたことである。
それもようやっと、負債に関しては完全に整理を終わらせることができたと思う。

そして、母がデイサービスにも慣れ、状態が落ち着いたこの時点で、一旦状況の振り返りと今後についてざっくりとでも考えておこうと思う。

母の認知症は進行している。

これは確実に間違いはない。
日々記録しているが、実際に認知症の高齢者と日々接する機会の多い人(職業として介護に携わる人、家族介護者等)には特に納得してもらえると思うが、行動や言動において、五分の間にも取り止めのない繰り返しの質問が繰り返され、それがずっと続くので、全てを記録しようにもキリがない。

母の身体も確実に老化している。

これもまた、緩やかなスロープを降るように、身体能力の低下が見られる。
よろめくことも増えたし、視力も落ちている様子だ。
だが、それが認知症とあいまっていると自己申告はそこそこ信用ならない。

状態は安定しているが、緩やかな長い下り坂。

ここで、完全な結論を出そうという話ではない。
1月を迎えれば、母は88歳になり米寿を迎える。
身体や精神的な能力が衰えるからと言って、早く死ねばいいという話でもない。

ただ、今の状況として、大量の食品を無駄にするということがあっても、何とか(母自身の認識では)自分の力で生活し、暮らしていけるうちは、自活できるように手助けはしたい。

そしてそれが叶わなくなった時には、適切なサポートを受けられる施設も視野に入れていくしかないだろう。
その時の経済負担は母自身の年金で賄うことができる目算でもある。
一応の自分の目処として、
・身体に支障が出た時(骨折して自立できなくなるなどしたとき)
・精神に支障が出た時(肉親を認識できなくなったり、日常生活の仕方を忘却し出したとき)
・金銭面で問題が出た時(金銭管理で、過剰な費用を使うようになった時)
ということを念頭に置いてはいる。

死亡時に対する予見

繰り返して言うが、死んだらいいと思っているとかいう話ではない。
そうではなく、死は平等に全員に訪れる。
私自身もいつかは死ぬ。
それを踏まえた上で母は数年以内に死ぬ可能性が高い。

その時に何をどうするべきなのかも、把握しておくべきだと思う。
・本人の遺言状の確認
・葬儀の希望
・相続手続き
・その後の実家の整理

微妙にうまく纏まらないのではあるが、父の後始末を概ね終えて、言葉飾らず状況の整理と把握、今後について考えていたらこうなった。

最近、更新頻度がやや少なくなくなっていることに気づいた方もおられるかもしれないが、それについては事実(母に関する出来事)がなくなったからではない。
認知症のやり取りで、似たような会話がぐるぐる回るように頻出するので、全てを書くこともないかと思う部分があるからだ。
それはそれとして、今後もここは介護記録として、特筆すべきことがあれば、書いていきたいと思うし、父のことについても、また別途記事は起こしたいと思う。
とりあえずは自分の気持ちの整理として,この記事を置いておく。

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