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【掌編】『不条理すぎる朝』

夢を見た。
亡くなった父の夢だ。
必死に私に語り掛けていたが、その内容は解らなかった。

汗だくで目覚めると、出勤時間が迫っていた。完全に遅刻だ。私は会社の上司に体調不良で遅れる旨を伝える為、スマホを手に取った。

だが、呼び出し音が鳴り続けるだけで上司は出ない。電車の中だろうか。

仕方なく、ラインで連絡をする。
少し待ってみたが、既読マークはつかない。
私は出勤する為にシャワーを浴びた。

最寄りの駅から電車に乗る。
通勤時間が少し遅れだけで、いつもの路線は人が少なかった。
空席を見つけて座った私は、昨晩の夢を思い出した。
正直な所、折り合いが悪かった父が私に何を言わんとしていたのか、皆目見当もつかない。
ひょっとしたら、心の奥底に眠る私の罪悪感の現れなのだろうか。

さっぱりしない気分だ。
今晩、実家の母に電話してみようか..

そんな事を考えながら、私は目を閉じる。
しばらくすると、私を乗せた電車は会社の最寄り駅へと着いた。
そして駅から徒歩で5分。
会社が入るビルに到着した。
エレベーターに乗り、9階のボタンを押す。
笑顔を見せない様、不調モードに切り替える。
エレベーターのドアが閉まり、9階まで上昇して開く。

だが、妙に静かだ。
20人以上の社員がいるはずの9階には誰もいなかった。
どういう事だろうか?
最低でも数人の社員がいるはずなのに。
とりあえず私は自分のデスクまで、足を進めた。

デスクの上には文字の書かれた紙が置いてある。

『屋上でまってる』

誰が書いたのだろう?
かなり乱れた文字だ。
しかも屋上?
何なのだろうか。
まさか昭和の会社みたいに屋上で朝礼でもするというのか..
そんな訳ないか..
私は特に深く考える事なく、紙に書かれた指示に従い、階段で屋上を目指した。

階段を昇る最中、私の脳裏に夢の中の父が甦る。
もしかして、警告なのか..
屋上は危険だという..
まさかね。

階段を昇りきり、屋上に通じるドアにたどり着いた。
そして、私がドアノブに手を掛けた瞬間!
遠くで悲鳴が聞こえた..
だが私に危機感は無い。
一体、皆は何をやってるのか..
私は醒めた頭で、ゆっくりとドアを開けた..

屋上には誰もいない。
眩しいほどの日差し。快晴だ。
遠くから悲鳴が聞こえる。
このビルの下からだろう。

私は目の端にそれを捉えた。
屋上の端に揃えられ、ズラリと並ぶ、何十足もの靴。

スマホを取り出してタップしてみる。
上司に送ったラインは、まだ既読になっていない。
下からは人々の悲鳴がオーケストラの様に鳴り響く。
あの靴を残して、同僚達は..

まったく..
訳が解らない..

サポートされたいなぁ..