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【短編】『激闘!男の小説入門』

『神様!俺は、まだ燃え尽きてません!もう一度、戦う舞台を与えてください!』

拝殿の前で手を合わせて、俺は心の中でそう叫んだ。 
俺からボクシングを取ったら、本当に何も残っていなかった..本当に.. 
  
..................

2ヶ月前、俺は挑戦者として、国立体育館で行われた、WBG世界ライト級タイトルマッチに挑んだ。 
相手のチャンピオン、カルロス・リゴンドーは36戦無敗全KOの絶対的王者だった。 
その最強王者に31戦25勝6敗18KOの俺が挑むのは、あまりに無謀だと有識者達は見ていた。 
試合当日、会場に集まった1万人近い観客のほとんども、序盤で俺が倒されると予想していたはずだ。 
いや、下手すると、会長はじめ、トレーナー、セコンドも当然口には出さないが、心の中ではそう思っていたのではないだろうか。 

だが俺だけは違った!

絶対、勝機はある! 
相手は必ず俺をナメてくるはずだからチャンスはあるはずだ!

そう信じてリングに上がった。

そして、試合開始のゴングが鳴った! 
王者は俺の予想通り、明らかに観光気分の調整不足だった。

一発で倒そうと、リキんで大振りを繰り返す王者の隙をついて、俺のパンチがコツコツとヒットする!
試合は、俺以外のすべての人の予想を裏切るペースで進み、11ラウンドを終えた時点で、俺が数ポイントリードしていた! 

最終ラウンド、コーナーでセコンドが俺に激を飛ばした!

「あと3分でチャンピオンだぞ!足使って逃げ回れ!」 

ゴングが鳴り、俺はセコンドの指示通り、足を使い逃げ回った。 

だが、それが裏目に出てしまった..

相手は百戦錬磨の最強王者。
蘇ったチャンピオンのプライドが、逃げ回る俺をコーナーへと追い詰める! 

そして、最後は渾身の左フックをテンプルに叩き込まれ、俺は意識を失いマットに沈んだ。



気が付くと俺は、病院のベッドの上に横たわっていた。


その1ヶ月後、精密検査で脳に異常が見つかり、コミッショナーから引退勧告を受ける事になってしまった。 

燃え尽きないまま闘う場所を奪われてしまい、俺の胸に猛烈な後悔の念が沸き上がってきた。最強王者を前に逃げ回って負けたなんて..堂々と立ち向かって倒されたのならまだしも..

生き甲斐のボクシングを奪われた俺は、しばらくの間、生きてる実感というものを感じなかった。

そして藁にも縋る気持ちで、子供の頃から通う神社の鳥居をくぐった。 

『神様!俺は、まだ燃え尽きてません!もう一度戦う場所を与えてください!』

文字通りの神頼みだった。

神社からの帰り道。 
絶望的な気持ちで俯きながら歩いていた俺は、狭い道で小柄な高校生位の女の子とぶつかってしまった。 
その弾みで、女の子は手に持っていた本を落とした。 

「あ..すいません..」 

「い、いえ、私こそ、よそ見していたので..」 

俺は本を、拾おうと下に目を向けた。 
背表紙を上にして落ちている本のタイトルは

【誰でも書ける小説家入門】だった..


そして、本を拾い上げた俺の目に、開いたページに書かれた文字が飛び込んできた!

【小説はアイデアさえあれば、誰にでも書けます】

こ、これは..お告げ? 
俺にも..書けるのか..

俺は、女の子に聞いた。 

「..あの、作家を目指してるんですか?」 

女の子は慌てた感じで、顔の前で手をブンブンと振りながら答えた。 

「い、いえ、そんな!小説家になれたらいいなぁとか、漠然と思ってるだけです!」 

「そうですか..あっ、はい、これ」

俺は拾った本を女の子に渡した。 

「あ、ありがとうございます..」 

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます!お互い、作家目指して頑張りましょう!」

「えっ、お互い?..あ、はい!頑張りましょう!」


部屋までの道すがら、身体にエネルギーが満ちてくるのを感じた俺は、全力で走り出した!
ジワジワとビジュアルとして物語のイメージが浮かんで来ている。

そして部屋に入り、ジムの後輩の石川に電話した。

「おい!石川!今すぐ俺の部屋に来い!」 

【えっ、なんでですの?今から練習なんですけど!】 

「バカヤロー、いいから早く来いよ!すぐだぞ!」 

【えっ、ちょ、ちょっと...】

電話をしてから30分後、石川は俺の部屋に不貞腐れた顔でやって来た。 

「ちょっと大山田はん、いきなりなんですの?」 

俺は、石川に向かって、高らかに宣言した!

「おい、石川!俺は小説でトップに昇り詰めるからな!」

石川は顔をしかめて、大きく溜息をついた。 
「えー、ちょっと、そんな事ゆうために呼んだんですかァ」 

「そうだよ!今から書き始めるぜ。手始めに短編小説を書いて投稿するから、お前、どのサイトがいいか調べてくれ」 

石川は、再び溜息をつく。 

「..そんな事、自分で調べりゃええんとちゃいますの?なんでワイがそんな事せんと..」

「うるさい!黙って調べろ!」 

石川は首を竦めてパソコンに向かった。 
「まったく、殴られたら、たまらんからなぁ...」

数分後、石川は俺にパソコンの画面を見せた。
「この【note】 ってのがええんとちゃいますか?プロの人も書いてはるみたいやし、その人達に認めてもらえたらトップへの道も近いんとちゃいまっか?」 

俺は、石川に言った。 

「よし、ご苦労、もう帰っていいぞ!これから執筆活動に入るからな!」 

石川は、ぐったりした顔で頷いた。 

「ハア..じゃあ、練習してきますわ。
あんまり、無理せんといてくださいよ。」 

「おう、任せとけ!」

石川が去り、一人になった部屋で、俺は神社からの帰り道に浮かんできた物語のイメージを具現化する為、パソコンのキーボードをひたすら夢中で叩き続けた。 

数時間後、主人公のヒーローがヴァンパイアと戦うという内容のそれは、自分で思っていた以上の分量になった。
俺は、生涯初めての作品を、シリーズ物として少しずつ投稿する事に決めた。

そして、初回分を書き終え、本編の後に続くことを記そうと..

【つず..ん?【つず..えっ?【つず..あれ?【つず..おい!ZとUで..

俺は、又、石川に電話を掛けた。10分程のコールの後、石川は、疲れた声で電話に出た。

【...大山田はん、今度はなんですの?】

「おい!石川!【つ】にてんてんって、どうやって打つんだったっけ?」

【...は?何の話でっか?】

「だから、お前、【ず】じゃなくて【つ】に、てんてんの方が打てないんだよ!」

【は?すんまへん。ちょっと、よう分からへんのですけど...】

「だから、【す】にてんてんじゃなくて、【つ】にてんてんの方が出ないんだよ!【Z】と【U】で..」

【...すんまへん、大山田はん、今日は疲れてしもたんで、明日にしてもらえまへんか?】

「いや、今日じゃないと駄目なんだよ!アイデアが俺を訪れてるんだよ!今日中に次に行きたいんだよ!」

【...大山田はん、もう、遅いんで明日にしましょう..じゃあ、おやすみなさい...】

「おい!待て、石川!おい、ちょっと!おい、...あの野郎...ふざけやがって」


俺は、ふと思い立ち、部屋の時計に目を向けた。

時刻は深夜2時22分を指していた。

【つず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず、ず

 


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