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【ショートストーリー】『映画狂に一言』

「いや、何ていうかさぁ、今日の作品も、エピゴーネンとしての映像表現って感じで、ハッキリ言って監督の自己満足としか思えないんだよ!」

「そんなに、小難しく考える事ないじゃん」

「いや、こっちは金払って足運んでるんだぜ!初期ヌーベルヴァーグ的な演出を今の時代に実践するのは、高いリスクを伴うんだよ!そこら辺を監督もお前も解ってないんだよ!」

「そんな事言われても...」

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定年を迎えて自由な立場の私は、この日の午後、大手チェーンの珈琲ショップで、映画鑑賞後の心地良い余韻に浸っていた。
その私のすぐ側に座っているカップルの青年が彼女に対し、今日観た映画について大声で熱すぎる位に語っている。
映画少年だった私は、初めのうち『私もこんな時代があったな』と微笑ましい気持ちで聞いていたのだが、段々、青年のナルシズム剥き出しの態度が鼻につくようになり、もうそろそろよいのでは...という気持ちになっていた。
周りも迷惑そうにしている事だし..

「だからさあ、ゴダールの即興的演出の影響が...」

私はプライドが高そうな、その青年を刺激しないように、笑顔でやんわりと語りかけた。

「すみません。随分と熱く語ってらっしゃいますね」

「...なんですか?あなた」

青年は険しい顔を私に向けた。
私は、穏やかに答えた。
「いや、私も映画が大好きでしてね..
あなたの様な方は、とても他人と思えないんですよ!」
私の言葉に青年は少し落着いて答えた。
「そうなんですか..」
そして、彼女の方を向き、指を差して言った。
「コイツ、全然、映画が解ってないんですよ!」

おいおい...親しい間柄とはいえ、女性に向かってコイツとは...
少し、教えてやらなきゃいけないな...
私は、穏やかな調子を保ったまま青年に言った。
「いやぁ..でも結局のところ、映画の感想なんてその人の主観でしかないですからねぇ」
私の言葉を聞いた青年は睨む様に答えた。
「なんですか、それ?じゃあ、俺の映画理論が間違っているって言いたいんですか!」
「いや、そういう事じゃ..」

ここで、彼女は立ち上がり
「私、もう帰るね」
と立ち去ってしまった。

私は、表情を引き締めてから青年に言った。
「何ていうか...
あなたの話は少し偏っている気がしますね」

その言葉を聞いた青年は、突然、椅子から立ち上がり、私に詰め寄った!
そして、
「どういう事ですか、それ!
じゃあ、この作品について討論しましょうよ!」
と、鞄からパンフレットを取り出し、私の前に叩きつけた!

【赤面ライダーVR500ZR/髑髏島最終決戦!】

せ、赤面ライダー??!

こ、この青年は、赤面ライダーをあんなに熱く語っていたのか...

「い、いや、私、この映画観た事無いんで..」

私は困惑しながらそう答えたが、すっかり熱くなっている青年は私に食って掛かってきた!
「じゃあ、今、観てきてくださいよ!何時間でも待ってますから!」
「い、いや、そんな...」
青年は私を睨みつけている。
目上の人間に対して、その態度...お前...
「判ったよ...
映画鑑賞歴50年の私を舐めるなよ...」
私の口から思わず、そうこぼれた。

そして、私は店を後にした。

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近くの公園のベンチに座って、私は考えた。
いやぁ..
売り言葉に買い言葉であんな事言ってしまったが...
赤面ライダーか...
還暦を過ぎた私が一人で赤面ライダーを観るのはとても...
孫でもいれば別だが...........ん?

...........

...... .



20分後、私は数人のチビッ子と警察官に囲まれていた。

そして、その中の女の子が私を指して叫んだ!
「このひとが、わたしたちにイヤらしいこといったの!」
警察官が私を睨む。
「い、いや、私はただ、一緒に映画を観ない?って聞いただけですよ!」
警察官は私の腕を掴んで言った。
「署まで来てもらおうか」

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その後、私は5時間に渡って取り調べを受けた。
そして、免許証のコピーと指紋を取られ、ようやく釈放された。

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あの青年は、まだ待っているのだろうか?
待ち合わせの店に向かいながら、私は考えた。
どうしよう....このまま帰ってしまおうか....

いや、それは人として失格だ....

もう、店の前まで来てしまった..

覚悟を決めた私が店のドアを開けると、同じ席で険しい表情をしながらスマホをいじる青年の姿が目に入った。
私は、青年の側に歩み寄った。
「申し訳ない...遅くなってしまって...」
青年は、眠そうな目で私を睨みつけて答えた。
「ずいぶん遅かったですね...観てきたんですよね?」
「あ、あ、あ、ああ」
私は、青年の前に座って答えた。
「す、少し思考を整理してて遅くなってしまったんだ」
青年は、納得した様に頷き私に聞いた。
「じゃあ、あのラストはどう思いました?かなり現代社会への痛烈な批判が込められてましたけど。俺としては娯楽性と芸術性のバランスが取れてなかったと思うんですよ。つまりヒーロー作品として機能してなかったと、ハッキリ言いきれますね」

私は...答え...た...

「あ、あ、ああ、あれね....そ、そうね...やっぱり、私としても、あそこはドドンパ博士が助けに行ったほうが良かったかなぁ...」

その答えに、青年はいきなり立ち上がり、私の胸ぐらを掴んだ!
「なんなんだよ!そのドドンパ博士ってのはよぉ!そんな奴出てこねえよ!アンタ、こんなに待たせて観てないのかよ!」

私は、青年を落ち着かせようと声をかけた!

「ちょ、ちょっと!待って..お、落ちついて!
え、え、映画は楽しく観るものですよ!楽しくね?..ね?」

だが、それでも青年は力を緩めようとしない!

青年は私を睨み付けている!

この若造が....

無礼な態度を取りおって...

ふざけるなよ!

次の瞬間!私の口から言葉が飛び出した!

『おまえ、そんなに映画を解ってるなら自分で撮ればいいだろう!!』

【完】

監督、脚本/ミックジャギー/出演.私.大滝秀治郎、青年.未来ノエル、彼女.のん子、女の子.腕田愛菜、警察官.ミックジャギー

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