見出し画像

春琴抄〜種みたいな恋をした〜

綺麗なものを綺麗なまま残すことは素敵なことに思えるが、その美に対する侮辱にもなるんじゃないかとも思う

その綺麗なものは人であったり、植物であったり、建造物やオブジェ的なもの、または本や映画などの作品など多岐に及ぶが

思い出、といった形にないものも値する

分かりやすいところで言うと、思い出を具現化した物として『元恋人との写真』だろう

たまに話題にあがるのが、『元恋人の写真を消すか消さないか問題』である

結論から言うと、僕は消さない派である

理由としては残す意味も消す意味も無いため、であれば消す作業がめんどくさいから残っているのだ

そんなの嫌だと言う人は別になんとも思わないと言う人よりも多く、さらに言えば特に女性に多い

しかしなぜ嫌なのか、と理由を聞いても「なんか嫌だ」と曖昧な回答ばかり返ってくる

少し話が変わるが、女性の言う「なんか」をそのまま間に受けて特に理由が無いからまあいいかと無視をすると大変なことになることを僕は知っているため、女性が何かを求め、たとえその理由が明確でない「なんか」であっても聞く耳を持った方がいい

女性の言う「なんか」には、「おまえが自分で気付けよバカが」というメッセージが隠されているのだ

「なんかってなに?」なんて理由を聞こうものなら私のこと何も考えてないでしょ、と一喝されるだろう

僕の友人に、元カノの写真を消していなかったことが彼女にバレて危うく別れを告げられそうになった奴がいる

その時、それぞれが写真フォルダを見返し大学時代の派手な髪型をした自分の姿や旅行で行った海外の写真を見せ合う遊びをしていたらしい

一つのベッドに横に並び、うつ伏せになってスマホを見ていたらしく、友人が写真フォルダを上下にスクロールしている時に女性らしい人物と2人で写る写真が目に入ったらしく、詰問されたそうだ

彼氏のスマホを盗み見る時の女性の動体視力は6階級制覇を成し遂げだレジェンドボクサー、マニーパッキャオ以上になるらしい

同様に男も「うわ、いまスマホの画面見られてた」という勘だけは鋭いため、その「あまり彼女に見られない方がいいようなもの」を見られた瞬間は、お互い何も口にしない息苦しい空気が流れる

家族で見ていたテレビで急に濡れ場が流れ出した時よりも生々しい空気だ

彼女「ちょっと戻って」

友人「ん?何もないよ…」

友人はそのままスマホの電源を消し、無理やりセックスに持ち込もうと彼女の後ろ首を持ち顔を引きつけたそうだが彼女は思い切り首を横に向けて拒絶したため、『逃げセックス戦法』は失敗に終わったそうだ


隠せば隠すほど疑いが増すため、友人はすぐにその元カノとの写真を見せた

彼女は黙ってその元カノの顔をズームし、数秒間眺めた後一度鼻を啜り、手際よくその写真を削除した

「私の方が可愛いでしょ?」

彼女からそう問いかけられた

僕の友人は正直すぎるためか、その問いに対して少し間を置いて「そうだね」と答えてしまったため、彼女の怒りは倍増した

少しの間、これが生命線であることを友人はその時初めて知ったらしい

結局友人はその日、元カノと写っている写真を含め、元カノが写っていなくても一緒に旅行に行った時の写真や動画を全て削除した

その空いた容量を埋めるように、その時から彼女からのツーショットねだりが増したとのこと

しかも、その日バイバイする時には必ず2人のツーショットを最後に撮り、次会う時までその写真は必ず最後に撮った写真の位置にしろと指示を受けた

友人はその理由がわかっていなかったが、おそらく写真を撮る画面の左下には最後に撮った写真が小さく見えるため、一種の浮気防止なのではと考えられる

彼女も恐ろしいが、僕をさらに恐ろしくさせたのはその友人が笑顔で以上のようなエピソードを話していたことだ

また別のパターンであれば、一度告白するなりアプローチして破れた恋、またはアプローチすらしていない片思いを綺麗なまま残したい、という人もいる

花が咲くのを付き合うとした場合、付き合う前の種の状態で持ち続けている人だ

つまり芽すら出ていないただの種を見ていつか咲くかもしれない花を妄想し続ける一種の変態だ

※ここから先は多少大袈裟な表現になります

その先輩は今日で数えると約4年間に渡って片想いであり、その種を大事に大事に持っている

そんな種とっくにカビているだろうが、先輩からするとそれは神器の如く大切な物である

処女を守る鉄のパンツは所詮鉄であるため、いつか錆び、むしろ自分にとって害であると思うのだが、それと同様に先輩もそんな種をいつまでも持ってては良くない

そう言いたいところだが、意地固く、いつまでも同じ種を持つその先輩は狂人であった

そしてつい最近、その大切な種が消滅する瞬間を目の当たりにした

数人で飲んでいる時、その種持ち先輩の横で別の先輩が種である女の子に電話し、ぜひ今度飲みに行こうと(社交辞令である確率は約95%ではあるが)約束をしたのである

大切に持っていた種が、あろうごとか目の前で勝手に植えられたのである

しかも他人の土にだ

その子のことが好きなままで、何の誘いも告白もしない今のままでいられれば何の汚れも挫折もなく、ただの綺麗な想いとして残るはずだった

また、彼女がどこかで誰と抱き合っていようと遊んでいようと知らぬが仏でその姿すら見なければ綺麗で純潔なままの彼女を心の中に持ち続けていられたはずなのに

自分では何もしていないくせに、目の前で友人にその大切な種を粗末に扱われたことがショックだったらしい

先輩はその瞬間「あーもうダメだ!」と言い、一万円札をテーブルに投げ、帰っていった

先輩の目には涙が浮かんでいた

そしてその涙にはニヤける先輩(電話をかけてその子と約束をした先輩)がボヤけて映っていた

1人の恋が終わった瞬間、僕が口に含んだレモンサワーはいつにも増して甘酸っぱかった


谷崎潤一郎著『春琴抄』は、愛する盲目の女性の美しい姿を残すために男が自ら失明するという、マゾヒズムを越えた耽美主義を描いた作品だ

男は失明したことで美しいままの春琴を心に残し、また視力を失ったことでより一層、心に残る春琴の美しさを細かく知り、酔いしれ、幸福だと言った

恐らく先輩も同様に、その美しさの一切を損なわないまま浸っていたかったのだろう

愛というものは形にできず、それを持つ本人から出る言葉や態度などからしか図ることができない

僕は先輩の4年にも及ぶ恋の尊さと愛の深さを、その一粒の涙から知れた気がする

花束みたいな恋ではないが、種から生まれる恋もある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?