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小説:コトリの薬草珈琲店 4-2

 開場早々、会場内の一番目立つ場所に設置されている有名シェフのブースには列ができ始めていた。しかしその他の大半の客は、何か美味しそうなものはないだろうかと物色しながらブラブラと彷徨っている。その中で、琴音のブースに向かって、迷わずまっすぐ進む人影があった。

「琴音さん〜、ご無沙汰していま~す!あ、真奈美さんも!お久しぶりです~」
「え?・・・あれ、咲ちゃん!久しぶり~」
「まぁ、咲ちゃん、奈良に遊びに来たの?」
 小野寺咲(おのでらさき)。ときじく薬草珈琲店が開店してから半年ほどの間、薬草珈琲の修業の目的でバイトに来ていた子だ。岐阜駅の近くでカフェを経営していたのだけど、薬草珈琲のお店が開店するというニュースを見て奈良まですっ飛んできた。その間、岐阜の店は休業するという本気っぷりだった。現在のバイトの佳奈は、半年働いた咲と入れ替わる形で働きはじめたという流れだ。

 注文してもらった棗ショウガ珈琲を淹れながら、咲との会話が進む。
「岐阜のお店はどう?薬草珈琲は注文出てる?」
「うん、琴音さんに色々と教わったお陰で、薬草珈琲も結構出てますよ。普通のコーヒーと薬草珈琲で7:3くらいかな。岐阜もクロモジが盛んなんで、クロモジ珈琲だけでも頑張って流行らそうとしています笑」
「岐阜はたぶん、日本で一番、行政が薬草に力を入れている場所だもんね。特に飛騨市がすごいよね。町ぐるみで薬草を盛り上げようとしているもん。薬草関連の飲食店や薬草風呂や、色々なワークショップも開催されていて、薬草関連の新聞、というか、情報誌も定期的に発行してるもんね」
「さすが琴音さん、詳しいですね。飛騨までよくいらっしゃっるんですか?」
「いや、ごめん、ネットでいつもすごいな~って見ているだけ笑。本当はゆっくりと見に行きたいんだけどね。・・・はい、どうぞ、棗ショウガ珈琲です。」そう言うと、琴音は店のロゴが刻印された温かな紙コップを咲に手渡した。
「ありがとうございます!・・・おお、懐かしい、琴音さんの薬草珈琲の味だ。」咲は過去に想いを馳せながら、薬草珈琲を楽しんでいるようだ。「ショウガはすぐに身体を温めてくれますねぇ。・・・そうそう、琴音さんも是非、岐阜にも来てくださいよね」
「うん、咲ちゃんの店に行かないとってずっと思ってるんだけど、何かしら毎日が忙しくて、ぜんぜん行けずにいた」
「いえいえ、忙しいのは何よりですよ」
「咲ちゃん、今日は朝移動?」
「いえ、昨日は大阪で色々と見てまわって、今日、奈良に来たって感じです。いつも伊吹山や飛騨などで薬草を見てまわっているんですけど、たまには県外のトレンドも知っておかないと駄目だなぁって思って。奈良のイベントを調べていたらフードイズムならが見つかって、そこで薬草や薬膳がひとつのコーナーになっていて、よく見たら懐かしい店名があって、おお~!ってなったという訳です」
「これは行かなくちゃ、ってなったという訳だね」
「ですね。・・・いやぁ、でも久しぶりに琴音さんに会えて癒されたんで、来てよかったです」
「癒された?」
「ははは。琴音さんは自覚ないでしょうし、興味もないと思いますけど、琴音さんのゆっくりな優しい人柄に触れて癒されている人は結構いると思いますよ。・・・ねぇ、真奈美さん。」と、琴音の横で聞いている真奈美に同意を促す。
「だね。琴音ちゃんは天然の癒し屋さんだからね。自覚も興味もないっていうのは咲ちゃんの言う通りだったけど、最近はだんだんと人間にも愛情を持ち始めているみたいだよ笑」
「ちょっと二人とも、私をロボットみたいに言って笑。・・・でも、言っていることは分かる。昔から私、人とかみ合ってなかったんだよね。あまり人と共感し合えないというか。でも、30歳を過ぎてようやく、他の人と心の歯車がかみ合ってきた気がする。」琴音の告白に、真奈美も優しい笑顔で静かにうなづく。
「おお、そうなったら琴音先輩、本当の癒し手になっちゃいますね。私が男だったらメロメロでしょうな笑」
「ちょっと、もう・・笑」
「はは。・・・おっと、だんだんとこちらのコーナーも混んできましたね。お店の邪魔になったら嫌なので私は色々とお店を視察してから岐阜に帰りますね。・・・では、琴音さんも真奈美さんもまた、お元気で。琴音さん、絶対に岐阜に来てくださいよ~」手を振りながら、咲は店を離れていった。

 それからは、途切れることなく客入りがあった。クロモジ珈琲はいずれの時間もよく出ていたが、12時を過ぎたころからは熊笹サンザシ珈琲も出始めた。クマザサは胃を強く健康にしてくれる薬草。サンザシは肉類の消化を促進する果実。ということで、フェスで食べ過ぎた胃をすっきりさせたい人たちに熊笹サンザシ珈琲が売れたという訳だ。

 十数分ほど接客を続けていると、遠目から咲ちゃんが手を振ってくるのが見えた。フェスの会場から離れて岐阜に戻るのだろう。懐かしい仲間への見送りに、琴音も大きく手を振り返した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 コーヒーを淹れる間、ちょっとだけ時間が生まれる。そこで、お客さんのほうから声をかけてくれることがあるのだが、今日は客の口からしばしば、「minori見ました~」というコメントをもらった。そうだ、夏にシロクロ編集舎の久木田さんが店に取材しに来てくれたっけ。このお客さんたちはその雑誌を見て薬草珈琲に興味を持ってくれたのかもしれない。後で久木田さんに御礼のメッセージを送っておこうと琴音は思った。

 川原君がデザインしてくれた名刺はブースの店先に無造作に置いているが、薬草珈琲に興味を持った客が持ち帰ってくれている。裏と表を見て、かわいい~などと言いながら。こちらにも、今度会った時にお礼をしなきゃと琴音は思った。

 ときじく薬草珈琲店のブースでコーヒーを買うお客さんの半数くらいは、Eコーナー内を重点的に回っている印象がある。たぶん、薬草や薬膳に興味を持っているお客さんなんだろう。各店をめぐっては、スタッフに声をかけて、色々と学んでいるみたいだ。薬草の輪が広がっている感じがして、琴音はこの活動に関わり続けてよかったと思った。

 14時ごろに少しだけ店が落ち着いてきたので、メインの接客を真奈美に交代して遅めの昼食をとることとした。リュックに入れていたおにぎりとお茶。目の前で真奈美が一人で接客し、コーヒーを淹れているが、すごい手際だ。

 しばらくぼんやりと真奈美の作業を眺めていたら、ふいにブースの横手から声がした。「コトリ・・・来たぜ。」15時に来ると言っていた凛が少し早く着いたようだ。

「凛ちゃん、おつかれ」
「おつかれ。うん、これ、差し入れね。なんだったっけ、スペインの串焼きと、タコとジャガイモの料理だとか何とか。・・・ごめん、いい加減で笑。真奈美さんの分とで二人分、買ってきた。コトリはどうせ、あまり何も食べてないやろ笑?」凛の両手には同じ料理のセットが乗せられている。
「お〜、美味しそう。ちょうど遅めの昼食をとってたところやねん」
「うん。食べたまえ。・・・あ、真奈美さん〜、よかったらこれ、後ででも食べてくださいね~。」紙コップの補充のためにブースの奥まで来た真奈美にも声をかける。
「あれ、凛ちゃん、来てくれたんだね。差し入れか、ありがとう!」

 リラックスしている琴音と、忙しく働いている真奈美。そこに凛は何か既視感を感じた。そうだ。昔、琴音の家に何度も遊びに行って、そのとき、琴音の母、暁子さんがよく何かを出してくれたんだった。暁子さんは保険の外交員として働き、女手一つで琴音を育て上げたんだ。私もたくさん可愛がってもらったけど、あのしっかり者の暁子さんの元でこの子はこんな風にマイペースに育っていたんだよな。・・・そんなことを考えながら琴音のほうをぼうっと見ていたら、琴音と目が合う。
「え?・・ちょっと凛ちゃん、どうしたの?顔から微笑みが溢れてるんだけど」
「ごめんごめん。忙しくしている真奈美さんを見ていたら、忙しくする暁子さんと完全にリラックスしているコトリの組み合わせを思い出しちゃって」
「ええ、お母さんと私、そんな感じだったっけ笑。・・・でも、真奈美さんの母性には、正直、癒されています。ここだけの話だけど笑。」琴音は凛の耳元に少しだけ口を近づけて、いつも考えている想いを告白する。
「せやろなぁ笑。真奈美さんは母性に溢れてるからなぁ」

 琴音の休憩が終わって、真奈美と店番をチェンジ。凛はその間、テント内のパイプ椅子に座ってスマホを触ったり、真奈美と話をしたり、店内の作業をちょっと手伝ったりしながら時間をつぶした。

 少し時間がたって、また、テントの横手から声がした。「琴音ちゃん、います?」宇陀の化粧品メーカー、アンジェリーナのオオツカ姉が来たようだ。店番を再び真奈美にお願いし、琴音と凛はブースの裏手へとまわった。

「オオツカさん、お久しぶりです。今日はおひとりなんですね」
「あぁ、妹ちゃんのこと?本当はここに来る予定だったんだけど、なんか、今日は調合にはまってしまって、無理になってしまったみたい笑」
「今日 “も” 調合にはまってしまったんでしょうね笑」
「今日も、だね笑」
「また、新商品ですか?」
「新商品というか、あんな風に遊んでいるうちに、いつも新しい商品が出来上がる感じなんだよ」
「さすが、妹ちゃん、安定の天才っぷりですね。あ、そうそう。こちら、私の友人の笠原凛ちゃんです。」琴音はそう言うと、凛が挨拶をしやすいように少しだけ身を引いた。
「はじめまして、笠原と言います。デザイン会社で営業させてもらってます」
「はじめまして。オオツカの姉と呼んでもらってます。デザイン会社、素敵ですね。奈良の会社?」
「ええ、バリバリ奈良のデザイン会社ですよ~。最近では、女帝展のイベント周りなどもさせてもらってます笑」
「あ~、知ってる。持統天皇や孝謙天皇のイベントだよね。広告まわりも博物館周辺の誘導用パネルもしっかりデザインされているなぁって思ってた。ウェブも綺麗なレスポンシブデザインになってたし。あれ、笠原さんのところでデザインされたんですね」
「はい。うちがディレクションで、奈良の個人デザイナーさんにも何人かお手伝いいただきましたけどね。・・・というかオオツカさん、さすが、そういう所、よく見てらっしゃるんですね」
「まぁ、うちも奈良をネタに売っているところがあるから、奈良のアピールにつながるものは何でもチェックしてますよ」
「さすがです」
「いえいえ。どう?地場のデザイン会社ってやりやすい?」
「あぁ、なるほど。地場のデザイン会社って、お客さんがいつも顔を合わせるような人たちなんで、失敗できないんですよ。逃げ隠れができないというか。なので、いつも背水の陣でさせてもらってます笑」
「なるほどねぇ。でも、奈良のことをよく分かっているデザイナーのほうが、良いデザインができるもんね。実際のところ」
「ええ。私もそう思ってます。ご存じの通り、奈良って面白い素材はたくさんあるのに、アピールが上手くできていないために知られていないものが多いって言われるじゃないですか。それを私たちのデザインの力でもうちょっと上手くできればって思ってて・・」
「ホント、そうだよねぇ。まったく同じ商品で、包装のデザインを変えただけでめちゃくちゃ売れたって話、良く聞くからねぇ」
「京都とかデザイナーの数が違いますもんね」
「そうそう。京都はデザインされつくされているもんね」
「・・・オオツカさんは、急にコスメをしようと思い立ったって彼女から聞いたんですけど。」隣で大人しく話を聞いている琴音のほうをチラリと見ながら、凛は知りたいことへと話を移す。
「うん、それまでは大阪の会社で働いていたんだけど、実家が農家で薬草関係にも力を入れ始めたって聞いて、なんかこれだ!って思ったんです。そのことを妹に話してみたら、妹もピンと来てしまったみたいで、彼女のほうもすぐに会社を辞めちゃった笑」
「すごい行動力」
「あとさき考えてないって言ったほうが正確かもだけど笑」
「オオツカ姉妹はすごいんだよ。」琴音も会話に参加する。「それからお姉さんのほうは漢方養生と中医学と薬草について勉強して、妹さんはメディカルハーブ・アロマ、植物療法を勉強して、勉強の傍ら化粧品会社に交渉して、企画を通してしまって」
「まぁ、あの時は頑張って勉強してたかもね笑。ただ、妹の薬草にかける熱量が大きすぎて、今は商品開発を全部お任せしちゃってるけど。あ、そうそう。うちの妹とこちらのバイトの佳奈ちゃんが仲いいんだよね。オタク同士、気が合うというか。うん・・・まぁ、そんなこともあって、私はビジネスの視点で会社を見ている感じです。でも、だんだんと薬草関連に注目が集まってきたから、あの時の判断も間違ってなかったのかな~って感じ始めてはいます」
「なんか、色々とすごいですね・・」凛も姉妹のプロフェッショナリズムに感嘆する。

 琴音が接客に戻ると、オオツカ姉と凛は一緒に、フードイズムならのブースを巡りに行った。・・・1時間ほど後に凛はテント横まで戻ってきて、「今日はありがとう~、コトリも忙しそうやから今日は帰るとするわ」と声をかけて去っていった。いつもの元気な笑顔だった。うまく仕事の話に持って行けたのかもしれないし、単にオオツカ姉との時間が楽しかったのかもしれない。琴音は凛の後姿を見ながら、「いずれにしてもよかった、よかった」と小さくつぶやいた。

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