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小説:コトリの薬草珈琲店 4-3

 17時、フェスが終了する頃には周囲も薄暗くなりはじめ、肌寒さが増してくる。さて、さっさと片づけて帰ろうと思っていたところ、数人の男性が集まって話をしているのが琴音の目に入った。クラフトビールのオーナー、ジビエ料理のオーナー、そして、県職員の岡本さんだ。同じ奈良県内で活動している人としてSNSではよく見かける顔だったが、リアルでも挨拶しておこう。そう、琴音は考えた。

「真奈美さん、ごめん、ちょっとあちらに挨拶してきます」
「ん?あの人たちね。了解〜。片づけ、進めとくね」
「すみません〜」と言いながら、3人の男性の集まる場所へと足を向ける。

「こんにちは~、お疲れ様です~」
「お疲れ様です!薬草珈琲の方ですよね」とクラフトビールのオーナー。
「はい。みなさんどうでした?」
「うちのジビエの串刺しは、結構売れましたね。隣がビール屋さんというのがちょっと相乗効果っていうか、ははは・・・そうだ、薬草珈琲の方もよかったら食べてくださいよ。」そういうと、ジビエのオーナーは小走りで、売れ残った串を何本か持ち帰ってきた。「一緒にお店をされていた方の分もどうぞ。ごめんなさい、ちょっと冷めちゃってますけど」

「わあ、ありがとうございます。」さっそく、少しかじってっみる。「あ、臭みがないんですね。これ、鹿肉ですか?」
「そうです。奈良公園のあたりでは鹿は神様の使いですけど、それ以外の地域では鹿による農作物の被害も少なくないんですよね。鉄の檻で罠を作っておくと、かかっていたりするんです。お店で使うお肉は食肉加工業者から購入したものを使ってはいるんですけど」
「そうなんですね。獣肉だから身体が温まりそう。ラム肉もすごく身体を温めますしね」
「そうらしいですね。僕は薬膳はあまり分からないですけど、たまに詳しい人がそんなことを言ってたりしますね」
「身体が温まった後は、うちのビールでも飲んでもらいたかったんですけどね笑。」と、クラフトビールのオーナー。「でも、みなさん今日は車ですよね・・」
「薬草ビールですよね」
「そうですね、奈良の薬草を使ったビールも2種類ほど作ってますよ」
「いいですねぇ、素敵です」
 そういえばまだご挨拶が・・・と、話したいことを話した後に名刺交換が始まるのもこの手の人たちのあるあるだ。関心が近い人たちの間では、たとえ初めて会ったのだとしてもスッと会話が始まってしまう。

 思い出したように、岡本さんが口を開く。「そうそう。1月に、東京の吉祥寺のデパートで2日間だけの期間限定ショップが開催されるんですよ。テーマは、全国の薬草や薬膳ということで。デパートの担当から個人的に、奈良県からもいくつか店を出してよって言われていて。それで、ちょうどお三方にもそれぞれ声をかけようと思ってたところなんです。」
「1月のどのあたりですか?」
「確か、1月中旬の連休だったと思います」
「あのあたりですね、いいですね。是非、前向きに検討したいと思います」
 ジビエとビールの二人も、いいんじゃないっていう風な顔でうなづいている。

 琴音もこの2年の間に何回か、薬草珈琲をテーマに東京でポップアップショップを出店したことがある。そこで驚いたのは客の意識の高さだ。薬草珈琲にどんな効果があるの?この体調不良に効くの?からはじまり、自分で淹れることはできるのか、薬草珈琲の粉だけでも販売してもらえないか、薬草ってどこで採れるのか、加工や保存方法は?薬草のことをどうやったら勉強できるのか・・・など、興味の強さが半端なかった。自分の店では静かな笑顔でゆるく仕事ができていたのに対して、東京に行くとしゃべりっぱなしになる。しかし、自分が大切にしている薬草珈琲にこれほどまでに興味を持ってくれることには、やはり嬉しさを禁じ得ない。そんな成功体験があるから、琴音は突然の東京行きでも快諾したという訳だ。

 男性陣に別れを告げて自分のブースに戻り、真奈美にジビエを渡し、残りのお肉をモグモグさせながら急いで片づけを進めた。車を取りに行くだけでも息が切れる。荷物を乱雑にパッキングし、車に無理やり詰め込んで・・・なんとか店まで帰ってきた。

 一部の照明だけをつけた暗めの店内で、琴音は真奈美にねぎらいの言葉をかける。

「は〜、今日はお疲れさまでした。すっごく助かりました」
「うん、琴音ちゃんもお疲れさまでした。ちょっと肉っ気が多かったね。昼間の串焼きに、さっきのジビエ」
「でしたね笑。美味しいものにはどうしても、肉がつきものなのかも。そうだ、胃がスッキリする薬膳茶、淹れましょうか?」
「あ、お願いできる?クマザサ茶とか?」
「そうですね。緑茶をベースに、山査子と熊笹を使ったお茶にしようかと思います。昼間に出したコーヒーの薬草茶版ですね。お肉で胃が熱を持っているだろうから、熊笹と緑茶で冷まして、熊笹で胃を元気に、山査子でお肉を消化って感じですかね」
「うん、さっぱりして美味しそう」

 ケトルに水を入れ、温め始める。熊笹の葉っぱを1g。山査子の乾燥果実を1g弱。煎茶の茶葉を3gほど。網付きの透明な急須にセット。お湯が沸いたら、急須にお湯を300ccほど入れて3分程度。緑茶の淹れ方としてはちょっと乱暴だが、美味しそうに緑に色づいたら飲み頃だ。薬膳茶を湯呑に入れて、氷をそれぞれ1個だけ落とす。すぐに飲めるようにとの配慮だ。

「ふぅ。薬草珈琲もいいけど、薬膳茶もいいよねぇ」
「そうですね、薬草珈琲はどちらかと言えばエンターテインメントですけど、薬膳茶は薬膳の王道ですもんね」
「うん、また、普通のお茶をベースにして薬草茶を作るから、飲みやすいんだよ」
「分かります笑」

 さっきから、真奈美は話しながら、足首を掻いたりしている。それに琴音は気づいて、真奈美にどうしたのかを聞く。
「真奈美さん、足首が痒いんですか?」
「うん。こんな涼しくなってきたのに、虫刺されなんかなぁ」
「ちょっと、腫れてますね。痒そう」
「痒いねん。何か塗るものとかある?」
「うん、ちょっと待ってくださいね。」そう言うと琴音は、店の奥から二本の薬のチューブを持ってきた。

「漢方で塗り薬って言ったら、この二本なんです。こっちの紫のほうは切り傷とか火傷とか、皮膚の再生が必要な時に使うもの。で、こっちの黄色いほうは痒みなどに使うんです。なので、今日の真奈美さんにはこっちをどうぞ。」そう言うと琴音は、黄色いチューブを真奈美に手渡した。

「で、どうだった?あの男性陣。」薬を塗り終えた真奈美は話題を変えた。
「えっと・・・ジビエと薬草ビールの人たちですか?あと、岡本さんと。あまり会話はできなかったけど、東京でご一緒するかもという流れになりました」
「東京?」
「あ、ごめんなさい。お伝え出来てなかったです。1月の連休に東京で出店することになるかも、ということなんです」
「いいじゃない。たまには羽を伸ばしてきなよ。東京は、うちの佳奈も行きたがってはいたけどねぇ・・・まぁ、出張費もかかるから・・・」
「佳奈ちゃんが。・・・一緒に行けると楽しいかもですけどね・・・」出張の費用などを考えると、琴音ひとりで行く、というのがいつもの答えとなっていた。

「で、どうです?痒みはなくなりました?」薬の効きを知りたかった琴音は話題を薬へと戻す。
「おっ。痒みがスッとひいてる。すごいねぇ」
「よかったです。漢方的には痒みは熱ととらえ、このお薬はその熱をとるという理屈なんです。私も夏にはよく使っているんですけど、痒みが数分でひくんですよね」
「なるほど。ここ10分の間に胃もスッキリして、痒みもなくなっちゃった。やるねぇ、琴音ちゃん」
「やった。褒められちゃった笑。」琴音は珍しく、嬉しそうに笑った。時々、琴音は真奈美に自分の母を重ねることがある。今日も母親に褒められたような感覚を感じたのかもしれない。

 戸締りをして真奈美と別れ帰路に着いた琴音は、歩きながら今日一日の出来事を振り返った。今日はたくさんの人に会った。たくさんのお客さんに薬草珈琲を飲んでもらえた。名刺を持って帰ってもらえた。また、奈良で薬草や薬膳に取り組む仲間にもたくさん会えた。たくさん言葉を交わせはしなかったけど、一緒にいると力がみなぎる、そんな人たち。うん、それが仲間なんだろうな、と思った。minoriで記事を書いてくれた久木田さんや、可愛い名刺をデザインしてくれた川原君も大切な仲間。もちろん、真奈美さんも。

 首にかけている黒い勾玉を取り出して、右手で握りながら歩く。お母さん、私、頑張ってるよ。薬草珈琲を通して薬草のことをもっと広めていきます。見ていてくださいね。・・・自分の決意を再確認し、握る手に力を込めて勾玉にも想いを伝える。

 珍しくエネルギーに満ち溢れる琴音であったが、黒い勾玉が少しだけ淡い輝きを放っていることには気がつかなかった。琴音が母の残した勾玉の謎に向き合うのは・・・数か月先のこととなる。

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続きは7/15にアップ予定

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