見出し画像

世界史のはなし。①~アフガニスタン~

歴史はストーリーで見ると分かりやすい。そして何より、面白い。

世界史の初心者が、最近得た知識をもとに。
細かい部分は省き、ストーリーとしてお届けいたします。

良ければこちらもご覧下さい。


記念すべき第一回目はアフガニスタン。
いきなり?と思うかもしれませんが、どこから始めようか考えたとき、最初に思いついたのがこの国でした。
多分自分の中で、それだけ強いインパクトがあったのだと思います。


アフガニスタンと聞くと、どんなイメージでしょうか?
「怖い・危ない・戦争が絶えない」など、あまり良くないイメージが多いと思います。また、中東という地域全体で見ても、同じようなイメージを持つ方は多いはずです。
では、何故そんなイメージが付いてしまったのか?

歴史を見ていくと、現在の中東の混迷には、アフガニスタンという国が大きな影響を及ぼしていることが分かります。



全ての始まりはソ連から

アフガニスタンはもともと、軍事力も弱く資源にも乏しい、特徴のない国でした。もちろん、国境を接するロシア(当時ソ連)からしても脅威とはなりません。

ですが、そんなアフガニスタンにソ連がいきなり侵攻を開始します。
ソ連にはソ連なりの言い分があるのですが、簡単にいうとアフガニスタンを支配したかったのです。


これに目を付けたのがアメリカ。
当時は冷戦期、アメリカvsソ連の時代です。
戦争は、人もお金もたくさん消費するもの。この戦争が長引けは長引くほど、ソ連の国力を削ぐことが出来る。そう考えたアメリカは、アフガニスタン側につき、戦争に加わります。アメリカという強力な対抗勢力が現れたことにより、この戦争は泥沼化していきます。
結局、ソ連はアフガニスタンを支配することが出来ず、撤退することになりました。

これで解決かと思いきや、アフガニスタンの悲劇は引き続き、いやむしろここから始まります。



内戦の勃発


ソ連は撤退しましたが、国内はボロボロ。もちろん政府も機能していません。本来であれば、協力したアメリカが介入し立て直しを図るもの。
しかし、アメリカは元々アフガニスタンに興味はありません。そのまま撤退してしまいます。

そうすると、アフガニスタンはどうなるか?
次の政治を誰が担うのかで、内戦が始まってしまうのです。
アフガニスタンには、もともと様々な民族が暮らしているため、どの民族が主導権を握るのか争う形となってしまいました。


国内はボロボロのうえ、内戦状態。
そうなると被害を受けるのは一般市民です。安全に暮らすことが出来なくなった人々は、難民となり国外へ逃亡します。
逃亡先は、隣国のパキスタン。

しかし、今度はパキスタンの思惑に巻き込まれていきます。




パキスタンの思惑、そしてタリバンの誕生


パキスタンとはどんな国か。
簡単にいうとインドと仲が悪いです。

立地でいうと、「アフガニスタン・パキスタン・インド」の順に位置し、両国に挟まれた場所にあります。
険悪なインドとはいつ戦争になるか分からない。
もし、インドとアフガニスタンが協力してしまうと両側から攻撃されてしまう。それは避けたいパキスタンは、ソ連同様、アフガニスタンを支配しようと考えるのです。
ここでいうパキスタンは、パキスタンの中でも「イスラム原理主義の過激な思想を持っている一部の人々」のことです。パキスタンという国全体の話ではありません。

パキスタンは、何を行ったのか?
まず、難民向けの学校を作りました。子供たちを教育し、自分たちと同じ思想をもつ人々を増やそうと考えたのです。しかし、ここで教えたのは、イスラム原理主義の過激な思想。
極端に偏った思想教育が行われました。

そうして、イスラムの過激な価値観を持った組織、通称「タリバン」が誕生します。

タリバンとは、学生たちという意味。
中東関連のニュースによく出てくる「タリバン」は、こうして始まりました。



パキスタンは、アフガニスタンを支配する為、タリバンを送り込みます。瞬く間に政権を奪い、こうしてタリバン政権が誕生するのです。

ちなみに、どうしてタリバンに、一国の政権を支配するほどの軍事力があったのか?いくら危険な思想を持ったといっても若者です。
その理由は、ソ連のアフガニスタン侵攻に遡ります。

当時のアメリカは、アフガニスタンに大量の武器を渡しました。
しかし、アフガニスタンは海がない内陸国。そこでアメリカは、隣国のパキスタン経由で武器を送り込みます。その時、パキスタンは武器を流しながらも、一部を懐に収めていました。
こうして、アメリカがつくる当時最新鋭の武器を保持することに成功していたのです。

最新の協力な武器を持ち、瞬く間に政権を樹立したタリバン。
そして、その中心を担うのは、パキスタンにより過激な思想を植え付けられた者たちです。
イスラム原理主義に基づいた、国民にとっての恐怖政治が始まりました。

このタリバン政権は、誕生した1995年からアメリカの攻撃により消滅する2001年まで、約6年間続きました。
(しかし昨年の2021年、米軍が撤退したことにより、タリバン政権は復活してしまいました。)


まとめ


アフガニスタンは、他国の侵略や内戦により、常に戦争と隣り合わせの国になってしまいました。
どうしてもマイナスのイメージが強いですが、ここまで見て頂くと「アフガニスタンは何もしていない」ということが分かると思います。
中東は、世界に振り回され続けた歴史がありますが、アフガニスタンはその代表例ではないでしょうか?

次回は、「タリバン政権崩壊後の中東」を書きたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?