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渋2エレジー

肉そば 極特 麺屋TAMOTSU@渋谷


 表参道駅を降りて宮益坂へと向かう。
 最近は渋谷での打ち合わせも増えてきた。オンラインミーティングもまだまだ多いが、対面がだいぶ増えている。昭和生まれの僕としては、対面の方が空気感もわかってミーティングはやりやすいからありがたい反面、移動はやっぱり面倒くさいなとも思う。

 向かうは宮益坂なので渋谷駅で降りたほうが近いかもしれないのだが、駅がややこしくてよく迷ってしまう。特に桜丘方面に出る良い方法がわからない。方向はあっちだよなと思って歩こうとしてもまずそっちには出られずに引き返すことになり、駅構内の看板見てもわからず「ああ、もう!」と結局1Fから外に出て昔ながらの道路を歩いて向かうことになる。今でもどこから出ればいいのかよくわかってないのだ。そのイライラを考えると表参道から歩いた方がいいと判断した。とはいえ渋谷駅から宮益坂方面には割と簡単に出られるので、もう一つ別な理由もあった。

 宮益坂~青山学院大学の間にある渋谷二丁目、いわゆる渋2と言われるエリアに、かつて会社があり、10年間くらいはそこで仕事をしていた。この渋2は実はなかなかのグルメエリアで、特に夜お酒が飲める優秀な店が揃っている。その中でも僕らは「なるきよ」という立ち飲みと座敷で構成される九州郷土料理を提供する店を贔屓にしていた。

 吉田成清さんという名物店主が面白く、僕らの作った映画にもちょっと出演してもらったこともあるくらいだ。しかも料理が抜群に旨い。何を頼んでも外れたことがない。行き初めの頃は巻物のような長い筆文字のメニューから頼んでいたが、ある時から成清さんおまかせで次々に出してもらい、もういいかなというところでストップをかけるという寿司屋みたいな頼み方をしていた。ちなみにお値段はそこそこする。ハートランドの中瓶が800円だったかな? 仲間たちと20時くらいから飲み始めて0時くらいまでダラダラと飲んで、僕らはかなり酒を飲むから、3人くらいで行ってお会計5万とかになっていた。立ち飲みで5万って、やばくない? その反対に打ち上げ2次会とかでも使わせてもらっても、50人くらいくるけど、全部でいくらで飲み放題にしてみたいなことも快く受け入れてくれるナイスなお店だったのです。

 もう「なるきよ」にも10年くらい行ってないけど、渋2にはたくさんの思い出が散りばめられているので、久しぶりにちょっと寄っていこうと思っていたのが、表参道で降りたもう一つの理由だった。

 ランチ時なので、渋2でいこうと思っている店は決まっていた。
 それは「精陽軒」だ。
 1914年創業の100年以上続く渋2の名店。数量限定の中華風チキンライスが人気メニューだけど、僕は大体セットメニューにしていて、焼肉丼+ラーメンかスタミナラーメン+チャーハンのどちらかを頼んでいた。セットメニューには番号が付けられていて、注文の時には4番とかの番号を店員さんに伝える。名物のおばあちゃんも、調理場の方も結構高齢だったから、そういう簡単なオーダーにしたのかもしれない。
 ちなみに焼肉丼の焼肉をラーメンに乗せたのがスタミナラーメンだ。豚肉とピーマン、玉ねぎを炒めた割と普通な焼肉丼なんだけど、僕はこの味がどストライクだ。なんかシンプルで旨いんだよね。この組み合わせは以前も「珍来」というお店のスタミナ定食でも触れたけど、僕の根幹に触れる味なのかもしれない。
 ラーメンもめちゃくちゃ普通の昔ながらの中華そば。ただね、これも普通なんだけどかなり旨いんですよ。「志村けんのだいじょうぶだぁ」に出てくるラーメン屋のコントで使われていそうななんとも昭和の味。コショーをババッとかけてずるずるしたくなるヤツ。しかも、わかめラーメンなんですよ。僕が小学生の頃、エースコックから発売されていたカップラーメンで、わかめラーメンという人気商品があった。石立鉄男さんという当時大人気だったコメディ俳優がCMキャラだったこともあり、めちゃくちゃ売れたんだと思う。小さい頃はカップラーメンは体に悪いからと、滅多に食べさせてもらえない家だったのだけど、わかめラーメンは何度か食べたことがあるので、多分、相当なヒット商品だったんじゃないかな。そんな記憶まで蘇るようないいラーメンなのですよ。最後に立ち寄ったのはコロナの前だったから2019年くらいか。焼肉丼にするかスタミナにするか? 結構迷う。スタミナよりも焼肉丼の方が好みなんだけど、ここのチャーハンも旨いんだよな。スタミナの焼肉をオンザチャーハンとかにしても旨いし。あー迷う。

 が、ない…。

 お店自体、跡形もない。まるで別の建物がそこに建っていた。
 あれ? 久しぶりに来たから、場所間違えたかな? と地図を開いてみると、「精陽軒」の文字はどこにも見当たらない。食べログを見てみると「閉店」となっていた。

 嘘でしょ。創業100年以上のお店が、たったこの4年でなくなってしまったのか…。
 ふと、僕が行きたいお店ってこの数年でどんどんなくなってしまっていると思う。このnoteでも何度か書いている。確かにお店の人は高齢だったし、後継問題もあるよね。2000年のIT革命以降、僕らを取り巻く世界の速度はどんどん加速していく。だからこそ「精陽軒」みたいなお店は安らぎだったのだけどなぁ。

 僕はふらふらと、渋2エリアを歩いてみることにした。僕の知らない新しい店がたくさんできている。それでも「なるきよ」はまだ健在だ。「長寿庵」や「葉隠」もまだ残っている。渋2は新旧入り乱れた新しいストリートになったのだなと思う。いやいや、当時も結構お店の入れ替わり激しかったよなと思い出す。人気店だった「吉田パスタ」までなくなっているし。昔ながらのお店に哀愁を感じながらも、僕は新しい一歩を踏み出そうと思った(ランチを食べるだけなので、そんなに大層なことではないのだが)。ラーメン食べようと思ってたから、このへんで行ったことないラーメン屋に入ろうと思う。

 と、麺屋TAMOTSUという看板が見えた。これも以前はなかった店だ。和風だしで、醤油と塩の展開か。悪くないかも。と地下へ続く階段を降りていく。
 入ってすぐに券売機があった。「肉そば」というメニューに惹かれる。そうなのだ。スタミナラーメンか焼肉丼を食べたかった僕にはこの肉そばがたまらなく魅力的に見えた。でそれに決めようと思ったら、単品か極特なる分岐点が提示された。極特とはなんぞや? とみると中津唐揚げとおにぎりのセットらしい。OK! OK! 中津唐揚げは大好きですよ。中津で映画を1ヶ月ほど撮影したことがあり、毎日毎日もり山、からいち、ぶんごやなどいろんな中津唐揚げを食べまくったので、語れば一家言あるくらいだ。肉そばで唐揚げでおにぎりね。いいじゃん、そのセット。とポチる。

極特の中津唐揚げとおにぎり

 なかなかおしゃれな店内。昼時ということもあり、店内に待ちの列ができている。外じゃなく、中に待ちの列かよ、とは思った。席自体は食べ終わって空いているところもあるのだけど、店員さんが追いついていないらしい。食べ終わって帰っていくお客さんへ、店員さんがお待たせしてしまってすみません、と謝罪の声をかけている。そういうホスピタリティはいいなと思うのだけど、帰る客、帰る客、全員に言っているので、ちょっと不安になった。もしかしてめちゃくちゃ待つのかしら?

 席にはそれからまもなくで座れたのだけど、その予感は的中してしまった。地下の割には席数は結構あり、全部で30名くらい座れると思う。で、その30名の席の中で麺が提供されてないのが半分以上だと気がついてしまった。
 結局、席についてから20分以上経って、お盆が提供された。このパターンはあんまり体験したことないな。店内で7分くらい待って、席についてから20分。合計約30分の待ちだ。まあ、僕はめっちゃ早食いなので、大丈夫なんだけど、打ち合わせ前とか予定が決まっている時にこの店は危険かもとは思う。

肉そば 極特

 肉そばはなかなか面白いラーメンだった。スープがかなり旨い。そこに大根おろしと柚子胡椒が乗っている。大根おろしと柚子胡椒ををスープに溶け込ませて啜ると、昆布などの和風だしがありつつ、にんにく醤油も程よく効いていて、そこにさっぱりパンチを加えるという大胆で繊細なバランスが成り立っている。この肉そばもちょっと蕎麦を意識した作り方なのかな? 最近、そばリスペクトなラーメンが多い気がする。ともあれ、スープはかなりおいしくてゴクゴクいってしまいそうだ。反対に肉そばの肉は薄い豚バラチャーシューが大量に入ってゴージャスなのはいいのだけど、ちょっと豚臭が残っていて、あんまり美味しくはない。中津唐揚げはなかなか美味しかったし、おにぎりもチャーシューを肉巻きみたいにして食べたらいい感じに思えた。

 あと、食後の口直し用にミックスジュースというのがついていた。出てきた時にはプリンかと思ってしまった。これがかなり濃厚なミックスジュースで、僕は割と良かったけど、ドロドロなので好き嫌いありそうだなと思った。

 周りを見てみるとラーメンじゃない唐揚げ定食を食べている人もいる。また、塩ラーメンだったり、肉そばではないチャーシュー多めなラーメンを食べている人もいる。結構メニュー豊富なんだなと思った。これはもうちょっと試し甲斐がある店な気がする。
 
 とりあえず、古き思い出の哀愁を置き去りに、渋2の新しいラーメンを食べた。これはこれで、なかなかの満足感を得た。スープはマジでかなり旨い。ニンニク効いてるのに、ほとんど飲み干しちゃったからね。

 あれ? これから対面のミーティングなんだけど、匂い大丈夫なんだっけ?


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