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父よ #また乾杯しよう

「こういう話は、飲んでる時じゃない方がいいかもしれないよ」

2019年1月、僕が父に自分が同性愛者だとカミングアウトをした際、父はそう言った。

酒が好きな父から出た言葉とは思えないひと言だった。

 

 

 

新型の感染症が流行し、外出や外食はめっきり減ってしまった。
特に居酒屋やバルは自粛ムードになってから足を運べていない。

代わりに自宅での晩酌の頻度はぐっと上がった。
週末にたまに晩酌をする程度だったのが、休肝日を設けながら平日もアルコールを口にすることが珍しくなくなった。
「自分も同じだ」と言う人は酒飲みなら少なくはないんじゃないだろうか。

僕は酒飲みの家に生まれた。両親どころか、父方母方共によく酒を飲む家系で、知る限りお嫁さん、婿殿の一部以外は呑まない人はいなかった。
なので親戚や家族からは「トキは酒飲みのサラブレットだ」と言われて育った。
親族の予想通り、酒好きに育った僕は晩酌を楽しんでいる。パートナーである嫁さんの家系もよく呑むのだけれど、彼女は「呑まない」人だ。なので夕飯ついでの晩酌では、ジュースやお茶で話相手をしてくれる。出来た人だ。

 

昨年の正月のこと。
帰省の折に、父に自分のジェンダーとパートナーのことをカミングアウトをしようと画策したものの、結局帰りの車中までそれは叶わなかった。

意を決してそれを口にする。
驚きつつも受け入れてくれた父に、「本当は晩酌の時に話したかった」と伝えると、冒頭の言葉を返された。
酒好きの父から出るとは思わない一言だった。

そんな父とは帰省や、僕の住まいの方へ遊びに来る度に一緒に居酒屋へ足を運び、酒を酌み交わした。
僕と父はもともと仲が良かったわけではなく、寧ろ大学在学中に両親が離婚するまでは、半ば反抗期だった。

離婚の原因は父あり、実家にいたころ度々両親はそのことでケンカになっていた。僕は原因について聞かされていたので、当然のように母親の味方をする。
原因を作った父への嫌悪と、“そうすれば”母が喜ぶとわかっていたからなのと理由は半々だった。
一度だけ、酒にかこつけて悪びれる素振りを見せなかった父の胸倉を掴んだこともあった。殴りたかった。殴ってしまいたかった。だけど女の子として育てられた僕は殴り方がわからなかった。
今でも離婚の原因について「許した」とは一言も言っていない。言ってはいけないのが僕と父の不文律だ。

両親は離婚、僕は就活と就職を経た頃に父が単身、出張のついでにこちらへ寄るから晩飯でもどうか、と連絡が入った。正直に言うと晩飯に釣られ、初めて父と二人で居酒屋へ入った。

 

大人になって再会した「父」は社会人の先輩だった。
ふと漏らした仕事の愚痴に、父がしてくれた受け答えは他社の年長者としての色の方が濃かったのだ。
この時の感覚にとても驚いたのを覚えている。

注がれた生ビールが、僕と父をちぐはぐながら再び結び合わせてくれた瞬間だった。

飲み話しながら、やっと父の仕事での姿を垣間見た。

なんだ、この人もこの人なりにか抱えていたものがあったんじゃないか。

帰り道には、あんなに避けていた父親という存在に、はじめて「また相談したい」と思うようになった。

一生懸命働いてみないと、こうして飲んでみないとわからなかった。

 

 

それから父とは何度も何度も酒を酌み交わしてきた。
こちらに来たとかには僕の、実家に帰ると父のお気に入りの店に飲みに行く。飲みに出ない日は、夕飯もそこそこに乾杯した。

一緒に入った居酒屋のフローズン生にテンション上がって、写真撮ったり。
昔では考えられなかったなぁ。

やっと父と子らしくなった僕を、父はまるで罪を償うように大切にしてくれている。
嫁さんのことも、実の娘みたいなものだと気にかけてくれている。

 

2020年1月。

カミングアウトしてからはじめての正月。
父方の親戚が実家に集まり正月を祝っていた。
従兄弟の子たちにお年玉を渡し、久しぶりに会う叔父たちとお酌をし合いながら近況を話す。

「トキちゃん、今年いくつ?」

優しい表情の伯父が僕のグラスに瓶ビールを、毎年のように問われる質問と一緒に僕のグラスに注いだ。

小気味いい音に被せて、「31になります。」と答えた。

「じゃあそろそろ結婚の算段だ。」

じゃあ、の意味はわかりたくないけれどよくわかる。
従兄弟たちは皆結婚しているか、婚約者がいる。

「そうっすねー…」

いつものように言葉を濁そうとした。毎年のことだから。

でも今年は違った。

「トキはいいの!結婚しなくて!」

驚いて声の方を見ると、父が笑って今度は伯父のグラスに手を伸ばした。

「お兄さん、次、焼酎ですか?」
「あぁ…そうしようかな。」

まさかフォローしてくれるとは思わなかった。
少し呆気にとられていると、伯父のグラスにお湯割りを作る父に、伯母が笑った。

「都会にいるんだもの、アンタが知らないだけで素敵な彼氏がいるのよ!
知らないのはきっとアンタだけなんだからね〜」

違うんだよ伯母さん、その逆なんだよ。

「うるっせぇなぁ、いいんだよそんなこと。」

この集まりで、父だけが本当の僕を知っているんだよ。

せっかく庇ってくれたのに、笑うことしか出来なかったのが申し訳なかった。

ごめんなさい。ありがとう。

 

父のLINEのアイコンは、二人で飲みに出掛けるようになってすぐの頃、一緒に飲みに行ったビールです。

嬉しそうに写真を撮る姿が、不思議で少しくすぐったかった。

僕にはパートナーがいる。
「誰かの伴侶」としての父を手本にしようとは、正直思えないけれど、精一杯父親でいてくれることには感謝しています。

この記事は読まないと思うけど、また行き来できるようになったら一緒に飲みに行きましょう。

その時は、よかったらLINEのアイコン、更新しませんか。

今度は乾杯している写真にでも。

  

 

 

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