オリンピックの記憶が残る町、リレハンメル
リレハンメルにスキー旅行に行ってきました。
ノルウェー・リレハンメルといえば、1994年の冬季五輪。
もう30年近くも前だから、若い子たちは知らないだろうな。
私自身、遠い記憶になっているけど。「リレハンメル」の地名はしっかりと覚えています。
今回、スキー旅行先になったのをきっかけに、リレハンメルオリンピックを振り返り、開催地の30年後を味わってきました。
リレハンメル冬季五輪を振り返る
日本選手の活躍でいえば、荻原健司選手らのノルディック複合団体金メダル。日本の旗を振りながらゴールした姿が印象的で目に焼き付いてます。
ジャンプ団体では、原田雅彦選手がまさかの失速。ほぼ手が届いていたのにつかめなかった幻の金メダル。
フィギュアスケートのアメリカ代表、トーニャ・ハーディングとナンシー・ケリガン事件も大きな話題に。トーニャが元夫に指示して、ライバルだったナンシーを怪我をさせた暴力事件は世間を騒がせました。
五輪開催地の中で最北の地、リレハンメル。質素で飾らないオリンピックとも言われ、環境保全を重要視した最初のオリンピックとして歴史に残りました。
競技会場は自然を壊さない設計にしたり、次の開催地へ環境使節団の犬ぞりが送られたり。犬ぞりは、自転車や帆船も使いながら、化石燃料を一切使わずに届けられたとのこと。30年も前なのに、なんてSDGs。
30年後のリレハンメル
今回、リレハンメルのスキーリゾートで感じたのは、町が持ち続けているオリンピックの記憶と持続的な五輪遺産でした。
オスロからのアクセス
リレハンメルは、オスロ中心部から電車に乗って約2時間半。
リレハンメル駅からローカルバスに15分ほど乗ればスキーリゾートに到着です。
道路は広くて整備されており、電車やバスの交通の便も良い。オリンピックで投下されたインフラ投資のおかげで現在もアクセス良好です。
アルペン競技場・Hafjellスキーリゾート
私たちが行ったHafjell スキーセンターは、五輪ではアルペン競技場となった場所で、スキー場入り口に五輪マークや石碑がありました。
初心者から上級者まで多彩なコースのある規模の大きなスキー場です。
ジャンプやコブのコース、クロスカントリー、アルペンチャレンジができるコースもあり、息子たちは大いに楽しんだ様子。ファミリー層向けで、国内だけでなくヨーロッパからのスキー客も多いようです。
オリンピックの知名度を活かしつつ、継続したメンテナンス努力で今も多くのスキー客を惹きつけてるのがわかります。
ゴンドラやリフトも充実していて、円盤リフトやTバーリフト を使わなくても山上に行ける安心感。(恐怖のリフトについては下のリンク記事を)
コースやリフトが充実している分、チケット料金は他よりも高く、3日間のスキー計画を変更しようかと悩んだほど。結局、一日の終わりには「翌日も!」を繰り返し、同じスキー場で大満足の結果でした。
老舗ホテルの味わい深さ
滞在したのは、スキー場から徒歩圏内の庶民的な老舗ホテル。五輪の時は認定宿泊所だったようで、古くはあるのですがその古さが魅力になっています。
ホテルのカンファレンスルームの一角に、オリンピック博物館のような、五輪グッズや当時の新聞を展示しているスペースがありました。
バッジが大量に飾ってあり、当時のピクトグラムが素敵なアートだったことを発見。昭和感のある素朴な人形キャラクターを見て、なんとも懐かしい気持ちになりました。
当時の新聞をパラパラ見ていると、五輪開催時の現地の興奮と熱狂が伝わってきます。このイベントが地元で喜ばれ、大切な歴史の一部となったことを実感しました。
リレハンメルは人口3万人弱の小さな町。スキー場のあるHafjell は、リゾートというより、村と言った感じです。
五輪開催地に選ばれた時は、田舎町であることが話題になったようですが、それが成功の要因だったのかも、と思います。
開催地の人たちが身近に親しんでいる冬スポーツの大会だから、町全体が純粋に喜び、観戦を楽しんだことが伝わってきます。
商業目的だったり、巨大資本が動くことが注目される近年の五輪と比べたら対照的。不正受注問題がいまだにくすぶる東京五輪だったり、ほぼ人工雪でコースを作り大国の存在感を見せつけた北京冬季五輪とつい比較してしまう。
ノルウェーが完全クリーンというわけではないと思いますが、リレハンメルは五輪の原点に近かった、と高い評価があるのを知り納得しました。
サスティナブルなリゾート
リゾート内の宿泊先には、伝統的家屋の外観を持った小・中規模のホテルがいくつかありますが、人気なのはスキー場内にあるロッジでの滞在のようです。
ロッジが集まるエリアの上をゴンドラが通るのですが、五輪で建設された選手村が今も山小屋として利用されていました。
ロッジを出たらそこはスキー場、という贅沢。
バケーション中は愛犬を連れて別荘に滞在しスキー三昧、というのがノルウェー人の理想とする冬の過ごし方のひとつだと思います。
オリンピックで名が知られたのだから、高級リゾートや商業施設を大規模開発することもできたはず。そうではなく、地域の景観と環境を守るサステナブル方向をとったのがリレハンメルらしさです。
オリンピックで財政負担がのしかかって疲弊したり、打ち上げ花火的に終わるのではなく、オリンピックの歴史が財産となって今も地域に息づいている。30年後のリレハンメルに来て、そう感じたのでした。
あとがき
リレハンメルの次の冬季オリンピック開催地がどこか覚えていますか?
そう、日本です。
環境使節団の犬ぞりが到着したのは長野県でした。
私たちがノルウェーに来る前に数ヶ月住んだのが、長野県白馬村。まさにオリンピック元開催地。短期滞在では、スキージャンプ台まで徒歩圏内のところに住み、毎日のように通った近所の無料コワーキングスペースの名は『ノルウェービレッジ』でした。
長野オリンピックで、ノルウェー選手団の施設として建設されたそうです。
白馬村は、リレハンメルに似た雰囲気を持っています。私たちの生活拠点がオリンピック開催地で繋がった面白さと縁を感じずにはいられません。
参考URL
Wikipedia. "1994年リレハンメルオリンピック". (2023-3-5)
Wikipedia. "Lillehammer". (2023-3-5)
佐藤 次郎. "小さな街が世界に示したこと―リレハンメルが残したレガシー". 笹川スポーツ財団. 2017-11-30
"国際環境使節団(IEE)いよいよ長野へ到着". 公益財団法人日本オリンピック委員会. 1996-10-01
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