尚
日替わりのお題で書いた、140字以内の掌編小説たち。長編のアイデアが浮かんだらいいな、って思いつつ、気楽に書いてます。
界境の守護者シリーズの小説たち
見上げれば、クジラ 第1話から最終話まで
iPhoneで撮影した空の写真に言葉を添えてInstagramに投稿した中から抜粋。
相沢優子の上にはクジラが浮かんでいる。 空中を泳ぐこのクジラは優子にしか見えていない。 しかし、優子はクジラが自分を守ってくれていると思っていて、ことあるごとクジラに目を向けては存在を確認して安心する。 たとえ友だちがいなくても、クジラがいてくれるから、大丈夫。 そんなふうに心の中でつぶやくようになっても、優子は中学校に通っている。 夏が終わり、秋の気配を感じる今日も。 二学期が始まると、優子はクラスメイトの誰からも話しかけられなくなった。 優子から話しかけ
ぼくの心の内側を観察してみた。 体育座りをして抱えた膝に額を押しつけ、泣いているぼくがいた。 涙とともにこぼれる呟きに耳を傾ける。 「死にたい」「楽になりたい」「笑いたい」「死にたい」「眠りたい」「叫びたい」「家にいたくない」 ぼくはぼくを抱きしめて伝える。 「ごめん」と「ありがとう」を。
数年ぶりの同窓会でドラマがないはずがない。 元カップルが再会して再燃。逆に、なんとも思っていなかった同級生と始まる秘め事。 既婚者が多くなった同窓会での再会をきっかけに、不道徳な関係がうまれるのではないか。 そんなことを期待したけれど、俺にはドラマチックな再会はなかったよ。 「だろうな」
「TAKTさんっていろんな楽器ができて、作った曲は売れるし、博識で頭よくて完全無欠だと思ってました」 「過去形?」 「はい。直接会って話したりしたら、TAKTさんでもできないことあるんだって知りました」 「何ができないんだろ?」 「不機嫌を隠すこと」 「たしかに、できへんわ!」
自分と向き合って自分らしく生きると楽になる、なんて言われても。 他人の意見に翻弄されなくなる? 他人に翻弄されることは不幸せ? それじゃあ、君の意見に従って始めたら、君に翻弄されることになるよね? 君のその考え方も、誰かに翻弄されてるんじゃないの。 よく考えてみなよ、君こそ。
授業が終わって廊下に出ると、目の前を、奴が全速力で駆け抜けていった。 「廊下を走るな!」 休憩時間のたびに、教師の怒声が奴を追いかける。 奴の行き先は保健室。保健室の先生に惚れて休憩時間のたびに会いに行っている。 中学時代にモテまくっていた奴は、今はこう呼ばれている。 「暴走アイドル」
「帯の宣伝文句で決めて読むけど、期待外れも多いんだよね」 「泣ける、とか、予想外の結末、みたいな?」 「そう、泣けないし、予想する材料が提示されてない、みたいな」 「あるね」 「宣伝文句を考える人と好みが合わないだけなんだけどさ。期待できない本は読む気にならないしな」 「むずかしいね」
突然、楽しくなって笑ってしまう。 突然、悲しくなって泣いてしまう。 突然、嬉しくなってガッツポーズをしてしまう。 突然、怖くなって立ちすくんでしまう。 どこで誰と何をしていても、前触れも脈絡もなく発生する感情。 遠く離れて暮らす双子の片割れと感情を共有していることは、便利で、不便だ。
苛立つ歌手へ、作曲家は淡々と問うた。 「ファンの期待を裏切るけれど、君はそれでいいんだね?」 「しかたないじゃないですか、できないんだから」 「練習不足ではなく、たどり着けないレベルだと認めるんだね」 俯き拳に力をこめる歌手に、 「数字がすべて。無慈悲だね、この世界」 作曲家は淡々と告げた。
「リディは事なかれ主義?」 「いきなりぃ何ですかぁ? ヒイロォ?」 「リディの戦闘を気配で避けるのすごいって話になって」 「はあぁ……」 「実は戦闘力高いけど、なんかがあって事なかれ主義になったから。って想像してみた」 「ほほぉ。もしそうならぁどうするんですかぁ?」 「んー、どうもしなぁい」
また次へと歩き出す。 淡く白く光る玉に案内されて。 頭上は木々の枝葉に覆われ暗く、足元は玉砂利が白くぼんやりと明るい。 玉が止まればお堂が現れる。 お堂を向いて立ち止まり、合掌し頭を垂れる。 顔を上げ、玉を振り返ると、玉が動きだす。 次のお堂へ歩き出す。 あの方の願いが叶うまで、ずっと。
ダンスが下手で、メンバーにもマネージャーにも嫌われてる。 「自分で自分のダンス見るのに金払える? プライド持てないなら辞めな」 歌には自信、あるんだよ。 「踊るの辞めます。歌います」 そう言ったら、作曲家が爆笑した。 「じゃあ歌ってみ」 そんなこんなで、プロの歌手、プライドもってやってます。
何で知ったかは思い出せないが。 マウスを迷路に入れ、餌のあるゴールに着く時間を計測する。そんな実験が行われたらしい。 迷走する動物を観察するって、どんな気持ちになるだろう。 そんな疑問が浮かんで。 人生に迷走する人間を、神が観察して論文にして発表するかもしれない。 そんな想像をした。
冬休みに実家に帰ると、歳の離れた兄から夜廻りに誘われた。 地域の若者たちが有志で、防犯や住民同士の交流も兼ねて、夜廻りしているのだとか。 若者といっても知命を迎えた人もいる。 それくらい若者の多くない、地方の集落を 火の用心 と言いながら、練り歩いた。 懐かしさと、寂しさを感じながら。
綺麗な景色を撮影して、毎日SNSに投稿しよう、って決めたのに。 三日でくじけた。 綺麗だと思う景色が見つからなくて。 なんのために始めたんだっけ。って思った。 綺麗な景色を撮って、見返せるようにまとめたい。 自分のために。 それが始まりだって思い出した。 そしたら、目の前に綺麗な景色があった。
どうやって世界の境界を越えるのか、ですかぁ? それがぁ、自分でもわかんないんですよねぇ。 行かなきゃならないのかぁ、って思ったらぁ、もう越えてるってぇこともありますねぇ。 呼吸ってぇ、目的も方法もぉ、考えなくてもできるじゃないですかぁ。 それと似てますねぇ。本能みたいなもんですねぇ。