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【後編】ダル・クオーレ・アル・マーニ(Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana):ミラノにて開催、ドルチェ&ガッバーナの精神と手仕事を考察する特別展

【前編】と【中編】に続き、今回のnoteでもミラノのレアーレ宮で開催中のドルチェ&ガッバーナの特別展ダル・クオーレ・アル・マーニ(Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana)をレポートしていきたい。



1. 夢の中の神たち(Le Divinità in Sogno)

ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナは、2019年7月にイタリアのシチリア・アグリジェントにあるコンコルディア神殿をショー会場に選び、ギリシア神話やローマ神話の神々の世界を表現した。


このブースでは、神殿の柱が設置され、アグリジェントでのコレクションが再現されている(このブースで流れている音楽もショーで使われた音楽と同じ)。

アグリジェントのコンコルディア神殿は、紀元前440〜430年頃に建てられたとされており、アテネのパルテノン神殿に匹敵するドーリア式建築の神殿である。

掲載した動画の通り、前面に6本、側面に13本の柱が残るこの神殿で開催されたショーは、実に大掛かりで、ドルガバの作品を着て柱の影から登場するモデルたちはまるで神話の登場人物のようであった。

ドルチェ&ガッバーナは、このショーを開催するためにアグリジェントの神殿の修復工事に貢献したほか、ショーに招待された顧客やプレスの人々で現地は大いに賑わった。



参考:

「Dolce & Gabbana ad Agrigento, la sfilata dell'Alta Moda nel tempio della Concordia」『Vogue World』(2019年7月6日付記事)

「Evento Dolce & Gabbana, alla Valle dei templi accreditata la stampa mondiale」『AgrigentoOggiIt』(2019年7月5日付記事)




2. 神のモザイク(Mosaici Divini)

ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナは、幾何学的かつ華麗なモザイクからもインスピレーションを得ている。

2017年7月に発表された2017-18年秋冬アルタ・サルトリアコレクションは、アラブ、ノルマン、ビザンツ文化の交差点であるシチリア・パレルモ県のモンレアーレ大聖堂(Cattedrale di Monreale)へのオマージュとして発表された。

このシチリア・モンレアーレの大聖堂は、イタリア北部・中部に多いロマネスク様式の大聖堂とは異なり、聖堂の内部はビザンツ様式のモザイク、建物自体はムスリムの影響を受けた造りとなっている。

古代より様々なルーツを持つ人々がシチリア島に政治的影響をもたらしていたが、特にシチリア王ルッジェーロ2世(Ruggero II, 1095-1154、シチリア伯 在位1105-1130、シチリア国王 在位1130-1154)統治下のノルマン人のシチリア王国は、実に多様な民族と宗教の人々を受け入れた。

その当時、ノルマン人、ユダヤ人、ムスリム・アラブ人、ビザンツ・ギリシア人、ランゴバルド人がもたらした文化がシチリア島の中に混在していた。

ドルチェ&ガッバーナのチュニックやコートは、12世紀のシチリアの職人によって制作されたビザンツ様式のモザイク画からインスピレーションを得たものである。

(Dolce&Gabbana, Alta Sartoria, Venezia Collection, FW 2021-22, Kimono interamente ricamato a filo, jais, cannette di vetro e intarsi di tessuto)


また2021-22年秋冬のアルタ・モーダでは、ヴェネツィアのサン・マルコ広場が会場として選ばれた。

サン・マルコ広場に面して建つサン・マルコ寺院(Basilica di San Marco)は、十字形平面かつ円蓋を持つビザンティン建築であり、また寺院に隣接するドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducale)の内部は黄金に輝く天井と宝石が埋め込まれた祭壇がある。


ヴェネツィアでのコレクションは、海港都市として交易が盛んで、様々な文化の交差点であったヴェネツィアにおけるビザンツ様式の建築物や街並みがモチーフとなっている。

ドルチェ&ガッバーナの作品のモザイクを制作したのは、オルソーニ・ヴェネツィア 1888(Orsoni Venezia 1888)というガラス工場である。

ビザンツのモザイクの技術を復活させ、伝説的な「サン・マルコの黄金」を再現できる唯一の工場であるこのオルソーニ・ヴェネツィア1888は、サン・マルコ寺院の修復にも携わっているとのことである。



参考:「Inside the elegant, extravagant world of Dolce & Gabbana Alta Sartoria」『GQ British』(2017年7月11日付記事)



3. オペラ(L'Opera)

本展の最後を飾るのは、オペラのブースである。

ドルチェ&ガッバーナは、これまでに何度かそのアルタ・モーダとアルタ・サルトリアのショー会場としてミラノのスカラ座を選んでいる。

オペラというと日本ではあまり馴染みがない、または日常的にオペラを楽しむという人は割合で言うと少ないかもしれない。

ここ、ミラノの街にとって、オペラは人々の生活に浸透している。

一番有名なのはミラノのスカラ座であるが、イタリアの街中に大小様々な劇場があり、そこでは様々な演目を楽しむことができる。

ミラノのスカラ座は、イタリアの中でも豪奢で質の高い公演が行われることで有名だが、ミラノの守護聖人の日でもある12月7日は、スカラ座のシーズンが始まる特別な日である。

この日は、スカラ座周辺には黒塗りの車がいくつもとまり、警備も厳重になる。

このオープニングデーには、世界各国からの要人が集まり、そのチケットの値段も跳ね上がると聞く。

その一方で、スカラ広場を挟んでスカラ座と向き合うヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリアの中では、公演の様子が中継される。

もちろんそこは無料でたち入れるエリアであり、人々は、ガレリアの中で美しいクリスマスツリーを眺めながらオペラに魅入る。

つまりオペラは、お金持ちの人にもそうでない人にも開かれた芸術であるのである。

もっとも演者としていっぱしのオペラ歌手になるためには、それなりのお金と時間がかかるのは事実である。

それでも人生の喜びと悲哀を歌うオペラを聞く、観る分には、日本にいるよりもよっぽど簡単に実現できるのである。

ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナのコレクションにおいて、オペラは重要な位置を占めている。

人間の心の中にある熱いものを極限まで表現するオペラ、その息吹は、彼らのクリエーションにも大きな影響を与えた。

ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)作曲の「椿姫」(la Traviata)、「アッティラ」(Attila)、「アイーダ」(Aida)、「リゴレット」(Rigoletto)、「ドン・カルロ」(Don Carlo)、ジャコモ・プッチーニ(Giacomo Puccini)作曲の「トスカ」(Tosca)、「蝶々夫人」(Madame Butterfly)、「トゥーランドット」(Turandot)、ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(Vicenzo Bellini)作曲の「ノルマ」(Norma)、「カプレーティとモンテッキ」(I Capuleti e i Montecchi、原作「ロミオとジュリエット」)、ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioachino Rossini)の「セビリアの理髪師」 (Il barbiere di Siviglia)などなど。

このブースはスカラ座の劇場をイメージして作られており、様々なオペラの作品をモチーフにした作品が並んでいる。

どのルックがどのオペラをモチーフにしたものか探るのもまた楽しい。

また会場の一角には燭台や果物が置かれた饗宴の様子が再現されており、人生を豊かに生きる上で必要なもの、それは音楽、そしてそれを共に楽しむ友であることをここで伝えている。

参考:


おまけ:レアーレ宮近くのカフェ

全部で3回に分けて紹介したドルチェ&ガッバーナ展、ここまで読んだ人はだいぶ疲れたであろう。

ここで会場のレアーレ宮近くのカフェを紹介する。

ドゥオーモやレアーレ宮のエリアはミラノの中でも物価が高く、飲食店の値段も高いが、ここイジニオ・マッサーリ(iginio massari)は、立ち席であれば比較的リーズナブルに利用することができる。

イジニオ・マッサーリはブレシアに本店がある菓子店であるが、イタリアの主要都市の駅にも支店(販売専門、イートインスペースなし)やポップアップショップがあり、着々と成長し続けているカフェである。

立ち席であれば、エスプレッソ1.3ユーロ、一口サイズのケーキ・パスティチーノ1.5ユーロと立地を考えるとリーズナブル。

2024年現在、この辺りの店が軒並み値上げしていることを考えると、2018-19年前後から値上げしていないこの店は人気で休みの日は行列ができているのも目にする。

行列ができていなければ是非お勧めしたいミラノのカフェである。


イジニオ・マッサーリ ミラノ店(Iginio Massari)

住所:Via Guglielmo Marconi, Piazza Armando Diaz, 4, 20122 Milano, Italy

営業時間:8:00-20:00(月曜から金曜)、8:30-20:00(土曜)、9:00-20:00(日曜)

公式ホームページ:iginiomassari.it

参考:



こちらはリミニに本店があるリナルディーニ(Rinaldini)のミラノ店。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリアからも近いところにある。

このリナルディーニは、2024年現在、ミラノのマルペンサ空港やリナーテ空港、ローマのテルミニ駅にも入っているが、ミラノのガレリアの近くの店舗はイートインスペースも少しゆったりしている気がする。

この日は友達の誕生日祝いでテーブル席を利用し、かつ色々頼んだので少し高くついてしまったが、カウンターでコーヒーとお菓子を楽しむ分には比較的安く飲み食べすることができる。

写真に写っているミニバーガーのようにお菓子だけではなく、サンドイッチやミニピザもある。

店内には持ち帰り用やプレゼント用のお菓子も並んでいるので、お土産を探したい人にもおすすめである。


リナルディーニ ミラノ店(Rinaldini Milano)

住所:Via Santa Margherita, 16, 20121 Milano, Italy

営業時間:8:00-19:00(日曜定休)


参考:



以上、3回にわたって書いたドルチェ&ガッバーナ展のレポートもこれで終わりである。

【前編】のはじめの方でかなり長く書いたので、余計な説明は不要かもしれないが、イタリアのいいところだけを集めた、ドルガバによるイタリア展とも言える本展に対して物足りないところを挙げるとするならば「なぜ
その「イタリアらしさ」を選んだのか」という説明である。

本展のコンセプトとしては、長いキャプションをつけるよりも、とにかく鑑賞者は、ドルガバの作品やものづくりを見て、聞いて、没入する形で楽しむというものだったことは理解している。

ただ「イタリアらしさ」というものは一枚岩で語ることができるものではない。

古代ローマ、ビザンツ帝国からの影響、ルネサンス、バロック、南イタリアの風土、オペラ… その一つ一つを掘り下げていくと、決して美しい、素晴らしいだけではないイタリアの歴史というものがそこにはある。

筆者は歴史学者として、実証的に研究し、この歴史をいうものを分かりやすくアウトプットする必要があるとも思っている。

『イタリア・モード小史』を執筆した研究者M・G・ムッツァレッリは、歴史的モチーフが特に深い意味もなく、ただキャッチーだからという理由でファッションの素材として使われることに対して批判的な意見を述べている。

ファッションという業界が、歴史的モチーフやそのブランドの過去のアーカイブを使う意義やそれを使うに至った現在の社会的背景というものを今後掘り下げて考えていきたいと筆者自身は考えているのである。



Dal cuore al mani, Dolce&Gabbana

会場:レアーレ宮(Palazzo Reale)

住所:P.za del Duomo, 12, 20122 Milano, Italy

会期:2024年4月7日から7月31日まで

開館時間:10:00-19:30(木曜のみ22:30まで、月曜休館)

入場料:15ユーロ(一般)、13ユーロ(割引)

公式ホームページ:milano.dolcegabbanaexhibition.it


参考:
「ミラノでドルチェ&ガッバーナ展始まる イタリアへの愛と手仕事をつぶさに」『繊研新聞』(2024年4月16日付記事)

・M・G・ムッツァレッリ『イタリア・モード小史』伊藤亜紀、山崎彩、田口かおり、河田淳訳、知泉書館、2014年。

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