【思考訓練の場としての経済学入門】資産形成力を身に付ける

(1)はじめに

 人生100年時代に突入し、寿命が延びることは結構なことですが、年金だけでは足りない老後資金は、自分で用意しなければならない世の中になりました。「長生きのリスク」という言葉も浸透しつつあります。
 「働けど働けど我が暮らし楽にならず」とは宮沢賢治の言葉ですが、ワーキングプアといわれるとおり、労働賃金だけで、余裕ある生活を営むことは、難しいものです。
 給料だけでは不安な方の中には、資産運用や副業を始めた方もいらっしゃるでしょう。しかし、お金の増やし方など誰も教えてくれないので、何だかよく分からないという方も多いのではないでしょうか。
 本稿では、「お金の公式」を通して、資産形成に必要な、基本的な考え方を身に付けていただくことを目標とします。
 お金を増やすには、「稼ぐ」、「節約する」、「運用する」の3手法を使いこなすことが肝要です。ただ、「これが正解」というものはありません。皆さま一人ひとりが、自分の目標と趣向に合うやり方を考えてください。試行錯誤するうちに、自分にピッタリのお金の増やし方が身につくはずです。

(2)お金の公式

 資産形成の肝となる「お金の公式」は、いたってシンプルです。

【お金の公式】
 ①収入―②支出=③資産(×運用利回り)

 資産を増やすには、①収入を増やす、②支出を減らす、③収入から支出を差し引いた貯蓄(資産)を運用して増やす(運用益は収入に加算する)。この3つだけです。
 それぞれのパートについて考察しましょう。

(3)収入を増やす

 サラリーマン等にとっては給与、個人事業主にとっては売上にあたるものです。収入は、
  収入=収入単価×収入
 に分解できます。
 単価を上げるには、給与所得者であれば、時給が高い会社へ就職する、頑張って昇給するという方法があります。個人事業主であれば、商品単価を上げる等です。
一度、ご自身の収入単価を計算することをお勧めします。例えば、サラリーマンであれば、毎月受け取る給料を労働時間で割り、時給を算出します。それが、会社があなたに支払っている1時間当たりの報酬です。言い換えれば、あなたの1時間の価値と捉えることができます。自分の1時間の価値が分かれば、有意義な時間の使い方ができます。例えば、あなたの月額給与を時給に換算すると2,000円だとします。1円安い野菜を買うために、1時間かけて遠くのスーパーにわざわざ出向くべきでしょうか?あなたの1時間(2,000円)を捨ててまで、1円しか安くない野菜を買いに行くのは合理的ではないでしょう。それなら、多少高くても、自分の時間を確保すべきです。その時間を使って、自己投資して、自分の市場価値を増やす方が有意義な時間の使い方だと思います。
 収入数を増やすには、収入源を増やす、労働時間を増やす、生産性を高めるといった方法があります。
 収入源を増やすには、副業や商品ラインナップを増やすなどがあります。他にも労働時間を増やす方法もありますが、残業しすぎると体調を崩します。また、「働き方改革」もありますので、この手法はやめるべきでしょう。
 生産性を高めるというのは、主に事業者にとって大切なことですが、限られた時間の中でいかに商品・サービスを多く生み出すかという話です。

(4)支出を減らす

 一言でいうと、節約です。
まず、全員にお勧めしたいのは、自分の支出を把握することです。たとえ高収入であっても、支出がザルだと、穴の開いたバケツで水を汲んでいるようなものです。強固な石垣を持つ城も、小さなアリの侵食で瓦解することがあります。同じように、小さな無駄遣いを軽視していると、破滅を招くことがあるのです。
人は、一度贅沢すると、なかなかカットできません。「これくらいなら大丈夫だろう」と高を括ることがよくあります。
 ざっくりで構わないので、ご自身の支出を振り返り、無駄遣いが発生する仕組みがないか点検しましょう。できれば、収入と支出の両方を見て、毎月、一定額の余剰資金が発生する仕組みをつくりましょう(余剰資金は、後述の運用に回してください)。
 さて、支出には、固定費変動費の2種類があります。
 固定費は、いくら使っても(使わなくても)決まった額がかかります。税金や住居費等、自分でコントロールできないことが多いので、家計管理上は無視しても構わないのですが、変更できるものがあれば、見直しましょう。
例えば、住居費(家賃や住宅ローン)が家計に占める割合は高い場合が多いです。身の丈に合わない場所なら、家賃が安いところに引っ越ししたり、住宅ローンの金利が高ければ、借換えを検討しましょう(他行に借換えなくても、今借りている銀行に相談すれば、低利率にしてくれる場合もあります)。
また、月々の保険料もバカになりません。保険とは、本来、万が一のリスクに備えるためのものですから、必要以上のオプションをつけると、どんどん保険料が高くなります。例えば、独り暮らしの若者に1千万円もの保険金など必要でしょうか?日本は、公的な医療制度が充実しています。医療保険がないと入院費用が払えないほど貯蓄がないのですか?保険料に回す分、貯蓄してはどうでしょうか?
 考えられるリスクをよくよく考えて、どうしても心配なものに限り保険をかけるのが基本です。
 変動費は、食費、遊興費など、使う分だけかかる費用です。自分でコントロールできるので、定期的に点検しましょう。
公共料金(電気・ガス・水道・携帯等)のように、毎月一定金額かかるが、使った分だけ料金を請求される固定費・変動費のどちらとも割り切れない費用もあります。こういう費用は、おおよそ決まった金額に収まるのであれば固定費、よく変動するのであれば変動費に振り分ければよいでしょう。あまり神経質にならず、ざっくりでよいのです。
家計簿の付け方は色々ありますので、無理なく続けられる方法を選びましょう。昔ながらの家計簿に記帳する方法や、家計簿アプリを活用する方法もあります。アプリであれば、買い物をしたその場で入力できますので、習慣化すれば、自然に続けられます。
支出を減らすうえで注意していただきたいのは、支出を削ることを目的化しないことです。お金は、使って初めて意味があるものです。安く買えるものをわざわざ高く買うのは浪費ですが、自分の身になる支出(自己投資)はケチるべきではないでしょう。もちろん、自己投資のために無尽蔵に出費しては生活できなくなりますから、節度が必要です。自己投資の目安は、収入の1~2割と言われています。

(5)資産運用

 収入から支出を差し引いた残りは、貯蓄されます。そのまま置いておいても良いのですが、それでは勿体ない。許容できるリスクの範囲で、「お金を働かせる」ことが重要です。
 資産運用で得られる金額は、「投資元本額×運用利回り」で決まります。元手が大きければ、利回りが低くても大金が得られますし、元手が少なくても利回りが高ければ、同じく大金を得られます。
 運用では、この利回りがポイントです。利回りは、リスクリターンで決まります。ハイリスク・ハイリターンというとおり、高いリターンを得るには、それに見合う高いリスクを取らなければなりません。「リスクゼロでハイリターン」なんてのはあり得ないので引っかからないようにしてください。
 「リスク」は、管理すればそれほど恐れるべきものではありません。
 リスクとは、期待されるリターンに対するブレ幅のことです。例えば、過去の値動きから平均的に3%成長し、±5%の範囲で動く株式があるとします。このときリターンは3%、リスクは5%です。ハイリスク・ハイリターンとは、期待するリターンが高くなればなるほど、ブレ幅も大きくなるということです。
 リスクは、分散投資長期保有で低減させることができます。
分散投資とは、1つの銘柄ではなく複数の商品に分けて投資したり、資金を一度に投入するのではなく、何回かに分けて投資する(時間の分散)ことです。
長期保有は、その名のとおり、一度買ったらそのままにする(バイ&ホールド)することです。これにより、ブレ幅は段々と収斂され、安定的なリターンが期待できます。
 しかし、このリスクとリターンは、あくまで過去の実績を基に計算したものですから、これからも同じ成果を出すことを約束するものではありません。特に、ブラックスワンと呼ばれる「滅多に起こらないが、発生すると壊滅的なダメージを及ぼす」現象が発生すると、今まで積み上げてきた投資成果が、あっという間に吹き飛ぶこともあり得ます。ブラックスワンの例としては、リーマンショックやコロナショックなどがあります。
 ただ、そういう場合も、分散投資と長期投資という原則を守り、じっと耐えればいずれは回復すると言われています。暴落時も慌てず、市場に参加し続けられるようにすることが肝要です。
投資商品のリスク・リターンを見るには、過去の騰落率(どれだけ上がったり下がったりしたか)を参考にしますが、あくまで過去の実績なので、参考にとどめておきましょう。
 長期間投資するためには、手を付ける必要がない資金で投資しなければなりません。使う予定のある資金で投資した場合、使うタイミングに暴落しては目も当てられなくなるからです。ですから、投資は使う予定のない余裕資金でやりましょう。余裕資金の目安としては、「値下がりして半分になっても、気にせず夜はぐっすり寝られる」程度の金額が、初心者にはお勧めです。
 また、長期保有するには、長い時間が取れる必要があります。すなわち、若ければ若いほど、投資には有利なのです。日本は、若者ほどリスクを恐れ投資せず、年を取ってから、老後の足しにとハイリスクな投資をする方が多いようですが、投資の原理原則からみればおかしな話です。著名な投資家である、バフェット氏も、「日本人は年を取ってから投資を始める人が多く、おかしい」と言っています。若い時ほど株式などのハイリスク・ハイリターンな商品を保有し、だんだんリスクの低い商品の保有比率を高めていくのがセオリーです。
 投資と似た言葉に投機があります。両者に明確な違いはないのですが、投機は運否天賦に任せるギャンブルで、投資は戦略をもって計画的に実行するものとします。
投資と投機をごちゃまぜにしてしまうと失敗します。投資は、戦略に基づくものですから、その前提が崩れれば、すぐに撤退すべきです。ところが、当初計画を無視して、状況を自分に都合よく解釈し、更に資金を投じてしまう。こうなると戦略も何もあったものではないですから、投機と変わりません。投資においては、頭の良さよりも、どんな状況下でも戦略を守り抜く精神力の方が重要なこともあります。

(6)収入増、支出減、資産運用、どれを選択するか

 さて、ここまで3つの手法について説明してきました。これらの方法から、自分に合うものは何か選ぶにはどうすればよいのでしょうか。
 お金を増やす3つの手法の優先順位は、収入を増やす>資産運用>節約だと思います。
 しかし、実際には節約>資産運用>収入を増やすの順で実行している方が多いのではないでしょうか。なぜなら、自分がコントロールしやすい順に手を付けるからです。
 しかし、節約は収入以上の成果を上げることはできません。極端な話、月収30万円の人が1円も使わない生活をしても、30万円以上のお金は手に入りません。
 資産運用は、利回りの壁があります。不労所得を得ようとして、たくさん投資しても、今は低金利の時代ですから、昔と比べると高いリターンが得られる投資先はなかなかありません。そうなると、一発逆転を狙って無茶な投資(投機)をして大損してしまうということがあります。
 自分でコントロールするのは難しいですが、収入を増やすことが、一番利益を増やせる可能性がある方法だと思います。これにはキャップとなるものがありませんから、努力や工夫次第で、増える収入は青天井です。
「無駄な出費は抑え、余剰資金を生み出す仕組みを整え、これを運用し、自己投資して自分の価値を高め、本業で稼ぐ」という方法が、資産を増やすコツだと思います。

【ドリル】

(1)お金の公式:(①)―(②)=資産×(③)
(2)あなたの収入を時給に換算すると、いくらになりますか?
(3)あなたの家計について、毎月いくらの余剰資金(収入―支出)がありますか?
(4)リスクとは、リターンに対する(④)のことである。
(5)リスクを低減する方法には、(⑤)と(⑥)がある。(順不同)
(6)本稿を読み、自分の生活を変えるなら、何をしますか。

【解答】
①収入、②支出、③運用利回り、④ブレ幅、⑤分散投資、⑥長期保有




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