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『魔法は風のように』第二話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

第二話 穢れの憑依

秋というには、昼間の暑さが尋常じゃないんだが、夕暮れが近づくと、肌に触れる風が冷たくもなる。電車で帰るといっても荷物を宅配便で送ってあって身軽な俺は、気が向いた駅でふらっと降りた。夕飯にしては早いけど、どこかで食べて帰りたい。
改札を出ると、空気が都会だ、と思う。角ばった建物で、視野がふさがる。
駅のそばに商店街があるからか、多少あぶらっぽいほような、こってりした食べ物のいい香りが漂ってくる。自転車に子供を乗せる母親、会話している高校生たちがそばを過ぎる。忙しく歩き回る人の数も多い。

全部つっきって、商店街に向かおうとした俺の耳に、複数の悲鳴が飛び込んできた。それはすぐ背後の、並木通りのほうからだった。
真っ赤な長い髪を振り乱している小柄な少年が、人とは思えない跳躍力で、飛んだり跳ねたりしながら、誰彼構わず、むやみやたらと、衝撃波のようなものを放って吹き飛ばし、暴れまわっている。
衝撃波を受けた人たちは、自転車にひかれたくらいのダメージだろうか。
すぐに立ち上がって逃げる人もいれば、驚いてその場で身をすくませている人もいる。
通常の事件じゃない。
俺の額が熱をもっている。
「ほっとくわけには、いかないよな」
俺の魔法の力が、勝手に発動するときがある。それは、俺にすべきことがあるとき。額に五芒星が現れて、それを示す。
不意に、となりに清涼で高貴な気配が現れた。
腰に佩いた剣は、草薙剣か。ヤマタノオロチを倒した日本の神様かな。
土地の気配と馴染んでいるから、ここらへんに、この神様と縁がある、古い大きな神社でもあるのだろう。日本の神様が出てくるというのは、敵は、肥大化した罪穢れに違いない。
神様は俺を見て、短剣を手渡した。それは俺の手に溶けるように消えていった。
何をすべきか、なんとなくわかった。
俺は神様に大きく一礼すると、赤い髪の少年に向かって走る。

すばしっこい彼の動きに追いつくには、魔法を使う必要がある。
これ以上騒ぎを大きくしないためにも、疾風より早く、人の目にとまらないスピードになれ!
俺は全身に魔法をかけた。

少年は、よりにもよって、杖をついたおばあさんに向かって衝撃波を放とうとしていた。
「ダメだ!」
肉体に対する魔法を最大限に高めると、周囲がスローモーションになる。
俺は、少年を突き飛ばし、すでに放たれてしまった衝撃波から守るため、おばあさんの前に立つ。
即座に襲ってきた衝撃波を、全身から気を放って、吸収し、無効化する。受けきれなかった分の衝撃が、頬をかすめ薄く切りつけていった。
ラッキーなことに、起き上がった少年は、俺を敵視しはじめた。
俺は魔法を弱め、少年に対峙する。
隙を伺いながら頬から滲んだ血を、手でぬぐう。
「忠告する。今すぐにその子から、出てけ」
赤い長い髪の少年は、なんのことやらと薄く微笑む。
穢れが人格をもって、少年の心と体をのっとり、蝕んでいる様子だ。本人の意識など、とっくにないはず。
これ以上騒ぎや被害を大きくせず、穢れに憑依されている少年を、いち早く救い出してやりたい。
「出てくつもりがないなら、さっさと俺にかかってこいよ。悪いが俺は、俺より弱いとふんだ存在には、反撃しかしない主義なんだ」
口の端を上げて笑って見せると、少年の顔が怒りで真っ赤に染まった。
俺の背丈を超えるほどの跳躍を見せ、高みから俺の首を狙って、衝撃波を放ってくる。
「遅い!」
衝撃波をかわした俺に、落ちながらとびかかってきたので、片手を伸ばし、その頭をひっつかんでやった。
俺はそのまま彼の頭を、地面に押し付けた。頭から地面に着地する形になった少年に、息つく暇すら与えず馬乗りになる。
そして、憑依している存在の格を、己の気を高めて探る。人に憑依する悪しき存在は、人間の気の流れが最も弱っている場所に巣くうもの。少年の心臓の近くには、大きな気の割れ目があって、そこに付け込まれてしまっているようだ。気の傷を見るに、彼にとって非情にショックな出来事が、最近あったのだろう。
さっき神様からもらった短剣を、利き手である左手に具現させ、俺は躊躇なく、少年の心臓に突き刺した。
『ぎゃああ』
凍てつく氷にも似た青い炎が現れ、憑依していた穢れの塊を焼き尽くす。
交番のおまわりさんが、援護にかけつけた数人の警察官と共に、こちらに向かってやってきている。
俺と少年の周りには、人垣すらできつつある。
少年の赤い髪、まがまがしい容貌が、ごく普通の茶髪の少年に戻っていく。
この子が望んで罪を犯したわけじゃないし。警察の手におちたら、かわいそうだ。
気を失っている少年を背負って、俺は再び肉体に魔法をかけ、誰にもわからない速度で包囲網を抜けると、その場をあとにした。

駅二つ分も離れれば、問題ないだろう。
俺は、どこだかわからないが、人の気配のない、線路沿いの小さな公園のベンチに、少年をおろしてやった。
携帯を取り出し、父さんにさっきの出来事を話して聞かせる。
「その神様は、須佐之男命だね。隼人の魂は戦士であることを選び続けているから、この国でもとくに、ご縁が深い神様なんだろうな」
「すさ? うん、そうなのか」
父さんは苦笑する。
「名前くらい覚えておいても、いいと思うんだけどな」
「興味が薄くて」
「そうか。それも隼人の性質なんだろう」
「うん!」
「罪穢れが、弱っている人の気に干渉して悪さをしはじめた、か。やはり、悪いほうにも、魔法の影響が出てしまったんだね」
引き続き、何か起きたらよろしく頼む、と、父さんは電話を切った。
「あの」
振り返ると、少年がベンチに身を起こして、丸っこい大きな目を、不安げに揺るがせていた。俺は安心させるために笑顔をつくり、どこか痛くないか、怪我はしていないか、確認するように問う。
「体は、なんとなく重いし、ダルイけど、痛みはないです」
「そうか」
ひとまず、ケガをさせてしまっていなくて、よかった。
少年は、深々とお辞儀をする。
「ありがとうございました。あなたがいなかったら、もとに戻れなった」
「え?」
俺は驚いて、聞き直す。
「元に戻れたって感覚があるってことは、どうなっていたのか、自覚があるのか?」
「辛いことが重なって、家を出て。そしたら急に、俺の中で、何者かが俺のふりをしはじめて。俺は、自分の意志では動けなくなって。でも、意識はずっと、あったんです」
「そうなのか」
気にあれだけの傷があって、穢れに体を乗っ取られても、意識はあっただなんて。
「相当、意志が強いんだな」
「え?」
童顔の象徴の大きな目が、より大きく開かれる。
「俺が?」
「ああ。よっぽど意志の力が強くないと、あんなのに憑かれたら、瞬時に気を失ってしまうものなんだぜ。我慢強いとか、努力家だとか、頑固だとか、よく言われるんじゃないか?」
少年は器用なことに、目を見開いたまま、涙をこぼしはじめた。
「俺は、意志が弱くて、役立たずで、気持ち悪くて、邪魔な存在なんです」
うん?
どうして、そんな風に思ってしまってるんだ?
「そう、誰かに言われたとか?」
「家族に。それに、口に出さなくたって、みんなそう思っているんじゃないかな」
「俺は、そうは思わないよ」
「え?」
「だから、少なくとも、みんなじゃないだろ」
少年は首を振り、涙を飛び散らせる。
「あなたは俺のこと、知らないから」
俺は隣に座って、両腕を組んだ。
「じゃあ、聞く」
ベンチに座った目線の先は夜空で、白い細い月が輝いていた。
空気が冷たくて、肌にしみるようだ。
「この時間、外で半そでだと辛いな。風邪ひきそうだったら悪いから、すぐにでも家に帰れっていうけど。もし余裕があるなら、話が聞きたい。あ、俺は、不破 隼人ってんだ」
「紀ノ国 サキです」
俺は自分の心臓を、指さした。
「サキのここにな、大きな傷があるんだよ。よっぽど辛い目にあったから、あんな悪い奴に付け込まれたんだろ?」
サキは素直にうなずき、小さく息をすって、話し出した。

つづき↓
第三話 https://note.com/nanohanarenge/n/n94cc2e7acfe1

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