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微動する心象

10時には就寝、早ければ3時半には起床、スタジオに向かう。

そんな日々を1年間やり抜いたならば、一体自分はこの先どうなっているのか? 自分が望む形に近づいているのか、そんなことは誰にも分かるはずはないのだけれど。

… 都内某所の、国内最大級の撮影スタジオで働き始めて1ヶ月が経った。
変わらず朝の早さには慣れないも、この間は深夜2時出社だったなんて話を聞いた手前、絶対に眠いだなんて言いまいと心に誓っている。
早朝の撮影現場には、スタジオスタッフの次に早い時間に製作部が訪れる。映像部や照明部、クライアントとのコンタクト、撮影の進行には製作部の存在が欠かせない。

だだっ広いスタジオの中美術部が撮影セットの建て込みを終えるころ、照明部が次々とライトや照明機材をスタジオに運び込む。スタジオスタッフはこのタイミングで照明機材の立ち上げや天井の吊り物の相談、電力調整など、円滑な照明設置のサポートを進める。
その後、撮影部や映像部、タレント事務所などが続々とスタジオイン、ライティングと撮影アングルチェックを経て、制作の声がけの元、この日も本番撮影がスタートした。

‹朝焼けか夕焼けか›

昨年末、写真家兼商業写真家であるT氏のアトリエを訪れた。
事前に交わしていた2、3通のメールがあっただけで、当人の顔をこちらも相手方も認識していなかったはずであるが、考えてみればソーシャルメディアに噛みつかれ続ける今の出会い方を回避できもしたわけで、心は落ち着いていた。
『カメラマンアシスタントとして雇ってほしい』との申し出はあっさり中に舞ってしまったものの、その写真家とは実に8時間もの間会話が続いた。何かディスカションをしたという訳でもないし、どこか別のカメラマンを紹介するなどといった巡り合わせもないまま過ぎた8時間だったけれど、『またいつでも来たい時に来ればいい』なんて言葉は嬉し過ぎた。

当然の結果だろうと思っていた。
なんせ、写真専門学校を出たわけでもなければ撮影スタジオでの勤務経験も、ましてやカメラマンアシスタントそれ自体の経験がなかったからだ。ただ、T氏との長い長いティータイムからやるべきことが見えてきた。家に戻ると真っ先に都内の写真専門学校や撮影スタジオの入学先・就職先を片っ端からググり散らした。
『このスタジオ、出勤シフトが前日夕方にならないと分からなくて、自分の時間なんてほぼないものと考えなきゃいけないよ。それでもいい?』
結果そんな地獄のような撮影スタジオに勤めることになったのだけれど、何よりの決め手はそのスタジオが国内最大規模でありその怒涛の出勤シフトから、どっぷりと(商業的)撮影というものに浸り込める、肩まで、頭まで、溺れるまで….と、そう思ってのことだった。そこまでいけば、T氏もアシスタントとして私を受け入れてくれるはずだと期待して。

‹兆し›

そのスタジオで働き始めてひと月。
実際の撮影はムービーが大半で、スチールは週に数回ほどだった。が、スチール撮影の先輩アシスタントの、恐ろしいほどの働きぶりを見るにその頻度でなくてはまだまだついていけないことに気がつく。
T氏に師事することを求めたとき、いかほどに自分が無力だったかを知らずにいた。馬鹿だった。ただ、前向きに考えれば、その馬鹿加減をまず知れただけでも、このひと月は大きな進歩だったかもしれない。

撮影行為そのものは、ムービーやスチールと異なる形態のものもあるし、スチールひとつ取ってもスナップ、セルフポートレート、風景、広告などカテゴリーが数多く存在する。
このスタジオはムービーと広告が大半を占めるわけだが、無知だったことにさえ無知でいた状態を脱し得ただけの今の状態では、どんなカメラマンも私をアシスタントに欲しいとは思わないだろうから、どんなカテゴリーの撮影であれ知らなくてはいけない、学ばなくてはいけない。

‹目の位置›

スタジオで最も恐れられている先輩がいる。
あまりの恐ろしさに、その先輩との出勤が決まった日に休暇を申し出るスタッフが現れるほどなのだけれど。(つい昨日、その先輩に幾度となく心を抉られる一言を浴びせられた…)入社して数週間ほど経った時、その先輩に『なんでこのスタジオ入ったの』と聞かれた。まっすぐ、写真家になりたいからだ、と答えた。先輩は、カメラマンじゃなくて?と聞き返した。このスタジオに来るのはカメラマンが大半で、写真家はごく一部なのになぜだ、ということだろう。

カメラマンと写真家は、大抵の人がイメージできるように、実際に先輩が疑問を持ったように、そのニュアンスの違いは大きい。ただ、すでに述べたように今の私は、一つの撮影行為として広告とムービーという切り口から徐々にその全体像を把握しなければいけない。まだ先輩の疑問には上手く答えられなかったけれど、もしもまたこの話になった時にはそう返してみることにしよう。

‹行き交う›

さて、まとまりもなく書き連ねたはいいも、まだまだ、たったの1月ではまだまだ分かることは少ない。「知っていること / 分かること」の違いは大きいという話はよく聞くが、さらにいうならばそれらと「できること」の違いは果てしないほどの隔たりがある。
できる、とは如何なる状態であれ定めたことを成しうるということ。やり方がわかったところで、100回やって100回とも上手くいくとは限らない。その時その時の準備の出来具合などによって必ずしも毎回成功できるわけではない。しかし「できる」のであれば、どれだけ寝不足でも使い慣れない持ち合わせでも事前準備が全くない中でも、100回やれば100回とも上手くできるということだ。

私は、まだ知っているほどでしかないだろう。それも、ただ見て知っただけで、実践も、ましてや応用なんてままならない。ひと月ではこんなものかとも思うけれど、明日にでももうカメラマン / 写真家になってやろうと妄想だけを源に力んでしまっていた以前の状態よりかは、ずっと現実を見ることができていると感じる。
ゴールのため、いらないプライドは隠しておけ。来るべき日に輝くよう、今はひたむきに研ぎを入れ続けるのだ。怒られて、へこたれて、落ち込んで、1日1日を続けていこう。あの恐ろしい先輩だって、私を指導してくださった後には『大変だったかもしれんけど、一日ご苦労さん』と声をかけてくださった。
そうやって1日1日、乗り切っていこう。今はまだ、私は何も知らないのだから。

‹母›


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