教え上手の青木 ⇑くだらないエッセイ⇑
良い天気なので昼からビールを飲んでいると、前回の『青木のアルバイト事情』の続きを書きたくなった。
私のくだらないエッセイにはあまりスキが付かないが、私は青木のことがまあまあスキだった。変な意味ではなく。
アルバイトの青木は売れない役者だった。何事にも一生懸命取り組む男で、手を抜くということが出来ない奴だ。
当時の職場は人手が足らず、新人が入っても教育する社員が誰もいなかった。そんな余裕が無かったのだ。それでつい、「青木、よろしく頼む」となり、社員だろうがアルバイトだろうが、新人は青木に任せることになる。すると、新人たちはあっという間に仕事を覚えて成長する。青木は教え上手だった。
私は、青木をリーダーに昇格させて正式な新人教育担当になってもらった方がいいと思っていたし、職場の全員がそれを願っていた。
青木が社員にならず、ずっとアルバイトのままなのには理由があった。役者の仕事依頼が来たら、すぐに会社を辞めることが出来るからだ。私はひそかに、このまま青木に役者の仕事が来ないことを願っていた。ごめんよ、青木。
あるとき私は、
「今日は奢るよ」
と言って青木をランチに誘い出した。ダイエット中の俺は、焼魚定食(雑穀米小盛)をゆっくりと口に運びながら、
「バイトのままでいいから、リーダーにならないか? 時給も上がるよ」
とニンジンをぶら下げてみた。すると、腹を空かせた獣のような勢いでスペシャル唐揚げ定食(白ごはん特盛)を口に放り込んでいた青木が、
「マジすか? 金、超無いんすよ」
と目を輝かせて食いついて来た。よーし、作戦通りだ。
「青木って教えるの上手だから、新人教育担当が適任だと思うんだよね。さっそく上にも話してみるよ」
「えっ? 教育係っすか?」
「嫌なの?」
「嫌っていうわけじゃないんすけど…」
本人も教えることは好きらしい。だが、教育係という任務についてしまうと頑張りすぎてしまうのが心配なのだと言う。何事にも手を抜くということが出来ないことを、青木自身、自覚しているのだ。
このままではまずい。職場全員の期待を背負い、青木を口説き落とすというミッションを与えられていた私は焦った。
「そんなに頑張らなくてもいいんだよ、適当にやっておけばいいんだから」
と、私もなんだか破れかぶれになって適当なことを口走り始めた。こちらも必死だった。私が熱く語る様子に触発されたのだろうか、今度は青木がこんなことを熱く語り始めた。
青木の話はこうだ。
以前、ある劇団で殺陣をやることになった。青木は新人団員たちの指導係だった。殺陣で最も気を付けなければならないことは怪我をしないこと。気を抜くと危ない。かと言って、気を張りすぎると身体の変な部分が力んでしまい、これまた怪我の原因になる。特に殺陣の場合は、刀が顔に当たってしまったり、アキレス腱を切ったりすることが多いのだ。
団員たちに向けて熱く語りながら、身体の使い方について実践して見せていた青木が、
「こうなってしまうとアキレス腱を切る恐れがあるので、アッ!!!」
と言いながら立てなくなってしまった。アキレス腱が切れたのだった。
それ以来、教育係だけはやらないと心に決めているのだと、青木が言っていた。
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