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落語家探偵 事件ノオト 第一話 不可解な死

◆あらすじ◆
 ノマド生活に嫌気が差した俺は、落語家、江戸川亭乱走(えどがわてい らんそう)師匠に弟子入りし、鉢五郎(はちごろう)という名前を貰う。見習いの俺に、師匠は二つのミッションを課した。
一、全国の酒蔵を巡り、おススメの酒を入手してくること。
二、兄弟子である四太郎(よたろう)の世話をすること。
 何をやってもうまくいかない四太郎は、落語を覚えることを諦めて探偵になると言い出し、俺は助手にさせられてしまう。捜査を担当する熊倉刑事とともに、次々と起こる怪事件の真相に迫りながら、全国各地の酒蔵をレポートする。新感覚の連作ミステリー落語&全国酒蔵紀行。
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 目撃した女性の証言はこうだ。
「男の人が横断歩道を渡ろうとしたら、向こうから白い車がブワーッて走って来てバーンって跳ねたんです。車は、キキキキーッて急ブレーキ掛けていったん止まったんですけど、そのままグオォーンッて逃げて行きました」
 ガイシャ(被害者)は跳ねられて、飛ばされて、そのまま頭から地面に落ちた。救急車が到着した時にはすでに心肺停止の状態だったという。おそらく即死に違えねえ。現場にはガイシャの鞄とスマホが落ちていた。

               * * *

 俺はノマドワーカーだった。
 ノマドワーカーってのは、モバイル機器を使って、好きな場所で好きな時間に仕事をするヤツのことだ。車で寝泊まりしながら気の向くままにいろんな場所へ移動する。川のせせらぎを聞きながら眠ったり、湖のほとりでハーモニカを吹いて夜空を眺めたり。今じゃあ日本中、いや、世界中どこに居たってパソコン1台ありゃあ、てめえ一人が食うぐらいの金なんて稼げちまう。ちょろいもんだぜ、まったく。
 だが、悩みが無いわけじゃねえ。「自分が何をやりてえんだか分かんねえ」ってんで、自分探しのためにはじめたのがノマドライフだったんだが、やればやるほど自分が何をしてえのか、自分はどうありてえのか、どんどん分からなくなってくる。そんな生活に嫌気が差しちまった俺は、ふと思った。
「このままじゃあいけねえ」

 で、思い立って、落語家、江戸川亭乱走(えどがわてい らんそう)師匠に弟子入りすることにした、ってわけだ。いよいよ、今日は入門の許しを請う日だ。初めて師匠に会うのに、身なりに気を遣えねえようじゃいけねえ。真っ白に洗い上げたTシャツ、インディゴブルーのジーンズに新調した雪駄履き、お気に入りのスカーフを首に巻き、羽根挿しの麦藁帽を頭に乗っけた自分の姿が街のショーウィンドウに映るのを見て、あらためて思った。
「粋だねえ、俺ってやつは」

 胡坐をかいて俺の経歴話に耳を傾けていた師匠が、傍らに置いてあった青磁の片口から猪口に酒を注いで、ゆるりと飲み干した。
「おまえさんがやってた、その、ノマドなんとかっていうのは、ずいぶん気楽そうな商売じゃないか。なんでわざわざ落語家なんかになろうと思ったんだい?」 
「世間から見たら、あれもただのプータローと変わらないようで、これじゃあ駄目だと思いまして。つらくてしんどい思いをしなきゃあ、誰からも一人前と認めてもらえねえし、それになんていうか、その…」
「その、なんだ?」
「つまり、本当の自分を見つけることなんてできやしねえんじゃねえかと。ネットでいろいろ調べてるうちに、世の中で一番つらくてしんどい仕事は噺家だということを知って、俺も落語家になりてえ、そう思ったんです」
 珍しいものを見るように俺を眺めながら、酒を注いで、また一段とゆるりと飲み干した師匠は、腕組みをしてしばらく考え込んだ後、「ふうー」っと一息吐いた。
「なるほどねえ。おまえさんがやろうとしてるのはつまり、天職探しってやつだろ? もしかしたら落語家という商売は、おまえさんの天職じゃあないかもしれない。それでもやってみようと思うのかい?」
「はい、今の俺にはこれしか考えられなくて」
「ふうん。いいかい、天職ってのはな、探すもんじゃあないんだ、回ってくるもんなんだ。そのときが来れば誰にだって回ってくる。だからおまえさんは今、順番待ちをしてるのと同じだ。分かるか?」
「はあ…」
「分からなくていいんだ、今は。まあ、とりあえずやってみるかい?」
「本当ですか? ありがとうございます。何でもやらせてもらいますンで、どうぞよろしくお願いいたしやす」
 落語家は入門から一年ほどは見習い、それから前座、二ツ目、真打、となっていく。まずは見習いとして師匠の家に住み込んで、師匠の身の回りの世話をはじめ、こまごまとした家事や雑用をこなすことになるだろう。と、覚悟を決めていた俺に師匠はこう言った。
「あたしは内弟子は取らないんだ。ノマドなんとかも続けなさい。全国の酒蔵を巡って、自信を持っておススメできる酒を買って、毎週、ここへ届けにくるのがおまえさんの仕事だ。それからもうひとつ、うちのプータローをよろしく頼んだよ」
 見習いとしての俺のミッションは、師匠の晩酌用に全国の旨い酒を入手してくること、師匠の息子さんのお世話をすること、この二つだ。
「そうそう、名前をつけなきゃあいけないね。順番が回ってくることを“お鉢が回る”って言うんだ。それからおまえさんは五番目の弟子だから、鉢五郎(はちごろう)、今日から江戸川亭鉢五郎だ」

 そういうわけで、俺はなんとか無事に弟子入りを許されたんだが、問題はこいつだ。二十歳過ぎて仕事もしねえ、毎日ぶらぶらしているだけ、頭に霧がかかったような野郎。
「おい、鉢」
「何です?」
「おいら、落語は覚えられないから、これをやることにする」
と言いながら、手ぬぐいを器用に折りたたんで頭に乗せる。おもむろに扇子を取り出し、口にくわえ、パイプをふかす仕草。ひょこひょこと数歩歩いて立ち止まり、今度は扇子を片目にあてて、
「おンや?」
と虫眼鏡で何かを発見したような仕草。
「もしかして、ミステリー小説とか、サスペンス映画に出てくる、あれですかい?」
「そう、それ。で、お前、おいらの助手な」
 手ぬぐい鹿撃ち帽、浴衣風トレンチコート、漆黒の革靴、手には扇子。この男、四番弟子の江戸川亭四太郎(よたろう)だ。何をやってもうまくいかねえ息子を見かねた師匠が、ダメもとで入門させた、ってわけだ。俺より年下だが、入門したのが俺より三日早かったせいで「兄さん」なんて呼ばなきゃなんねえ。
 てなわけで俺は、兄弟子の探偵ごっこに付き合わされることになっちまったんだが、落語家が探偵をするってんで、面白がって、いろんなところから声がかかるようになった。
「兄さん、向かいの団子屋のばあさんが飼ってるキティって猫がいなくなっちまったんで、探してほしいそうです」
「おいら、アイツが行きそうな場所、わかるよ」
と言い残して捜索に出かけた四太郎が三日も経つのに戻って来ねえ。
「事件にでも巻き込まれたんじゃねえか」
 やきもきしていると警察から電話があって、
「江戸川亭四太郎さんとおっしゃる方が迷子になっているので迎えに来てほしい」
と言われる始末。みっともねえったらありゃしねえ。そんなことがあったもんだから、こっそりあいつのスマホにGPSアプリをダウンロードしておいた。これで迷子になっても安心だ。
 最初は面白半分、遊び半分だったんだが、だんだんと浮気調査やら、婚約者の身元調査やらと、依頼客が多くなってきた。事務所として使う手頃な物件を探していると、話を聞きつけた師匠の御贔屓さんが、使っていない白壁蔵を貸してくれることになった。入口には黒・萌葱・柿色の定式幕暖簾、看板には江戸文字で「江戸川亭探偵事務所」と書いて掲げた。 
 どこで覚えたんだか、四太郎のヤツ、
「うちもAIの恩恵にあずかるべきだ」
ってんで最近は、浮気現場を事前に予想したり、調査報告書を書いたり、そんなのは全部チャットGPTにお任せときたもんだ。楽なことはすぐに覚えちまう。どうしようもねえ野郎だぜ、まったく。

 しかしまあ、探偵ごっこなんて、そんなに長続きはしねえ。ぱったりと仕事が来なくなっちまった。暇なんで昼寝でもしようかと横ンなった途端、ハッと大事なことを思い出した。
「やっべえ、ここンところ忙しかったんで、もう一つのミッションを忘れちまってた」
 愛車ローバーミニの助手席に四太郎を押し込み、一路、徳島県へ。明石海峡大橋を渡り、淡路島を突っ切り、大鳴門橋から豪快な鳴門の渦潮を見ながら四国へ上陸した俺たちは、本家松浦酒造(徳島県鳴門市大麻町池谷字柳の本19番地)に到着した。


鳴門の渦潮


 師匠から命じられた酒蔵紀行のミッションには四つの縛りがある。まず一つ目は、おススメの酒を買ってくること。二つ目は、蔵人、四太郎、鉢五郎の3ショット写真を撮ってくること。三つ目は、おススメの酒を晩酌している師匠の写真を撮ること。そして最後の四つ目は、写真とレポートをnoteにアップすること。これを毎週やんなきゃなんねえ、ってんだから、噺家の修行がいかにつらくてしんどいのか、身をもって実感している今日この頃だ。

 日帰り弾丸ツアーを終え、買ってきた銘酒『鳴門鯛』を師匠に渡して晩酌に付き合い、写真とレポートをアップする。くたくたになった俺たちが事務所のソファーで爆睡していると、入り口の戸が「ダーンッ!」と開いて目が覚めた。
「なんだなんだ?」
 眠い目をこすりこすりして見ると、一人の大男が事務所の入り口からツカツカと入って来た。リーゼントヘアにマトンチョップ頬髭、ティアドロップサングラス、エルヴィス・プレスリー風の高襟フリンジ付き白ジャケット、裾開きの白パンツ、白ブーツの出で立ち。
「両国警察署の熊倉です」
 決めポーズをとった後、キラリと白い歯を見せ、サングラスを外す。ポケットから取り出した櫛で頭を撫でつけて、
「江戸川亭四太郎さんですね。ご協力いただきたい件があって参りました」
どんな事件だか知らねえが、こんなちゃらんぽらんな探偵に依頼するなんて警察もどうかしてやがる。こいつの手に負えるわけがねえ。
「いいよ」
えっ? 受けちまうのか? こりゃあ、おもしれえことになってきた。それが冒頭のひき逃げ事件ってわけだ。
「これはどうも事故ではなく事件の可能性が高い。どうか事件解決に向けてご協力いただきたい」

 そんなわけで俺たちは現場検証をすることになった。現場は、東西に走る見通しの良い直線道路にかかる信号機のない横断歩道。犯行時刻は夕方四時頃のまだ明るい時間帯。ガイシャは南から北へ向かって横断歩道を渡った界隈にある「尾祖松商事」へ商談に向かう途中、事件に巻き込まれたようだ。
 俺たちはまず、最寄駅からガイシャが歩いたと思われる経路を、犯行時刻に近い時間帯を選んで実際に歩いてみることにした。
 熊倉刑事とはスタート地点の駅で待ち合わせの約束だ。時間ぴったりに、赤色灯を点滅させ、大きなサイレン音を鳴らしながら一台の白バイが颯爽と現れた。ヘルメットを脱ぎ、
「お待たせしました」
と決めポーズをとった後、キラリと白い歯を見せ、サングラスを外す。
「この事件には謎がある」
ポケットから取り出した櫛で頭を撫でつけながら、熊倉刑事が意味深に語りはじめる。
「現場は見通しの良い直線道路。そんな場所でなぜ跳ねられたのか」
言われてみりゃあ、ずいぶん不可解だ。ガイシャはなんで、迫って来る車に気づかなかったんだ?
「それから訪問先の尾祖松商事だが、近頃、急成長して間もなく上場するということが捜査で分かっている」
「おいらの調べでは、尾祖松社長は政界との癒着があるらしいよ」
一時間前にチャットGPTに教えてもらった情報じゃねえか。
「さすがは江戸川亭直系の落語家探偵。たしかに、ガイシャが何か社長の弱みを握っていた可能性はある。それで消された、ということも」
なんだ、当たってんのか。凄えな、チャットGPT。

 「とりあえず、歩いてみようよ」
 四太郎がスマホの地図アプリに「おそまつしょうじ」と打ち込み、「案内開始」を押す。すると、現在地から目的地までの経路と所要時間が表示される。先頭に四太郎、次に俺、そして熊倉刑事の順に並んで歩き始めた。複雑に入り組んだビル群を通り抜けて、東西に走る見通しの良い直線道路に辿り着くまでに随分苦労した。こりゃあ、分かりづれえ場所だなあ。まるで迷路だ。あそこに犯行現場の横断歩道が見えてきた。よーし、もう少しだ。
「ここです、ガイシャが倒れていたのは。そしてこのあたりに、鞄とスマホが落ちていました」
 熊倉刑事から説明を聞き、スマホのチャットGPTと睨めっこしていたかと思ったら、今度は扇子をパタパタと扇ぎながら、目を閉じて考え事をしている様子の四太郎。
「ぐうう…」
「てめえ、なに寝てやがる!」
俺は思わず、「スパーンッ!」と野郎の頭をひっぱたいちまった。パッと目を開き、閉じた扇子でぽんっと手を打って、いったん来た道を数十メートル引き返した四太郎。何する気だ? 俺と熊倉刑事は固唾を飲んで見守った。あいつは、引き返した地点から再度、横断歩道へ向かって歩き出した。そしてスマホの画面を覗き込んだまま、ひょこひょこと横断歩道を渡ろうとした瞬間、向こうから白い車がブワーッて走って来てバーン。
(了)


第二話 おとり捜査


第三話 第一発見者

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