見出し画像

「職業:自分」は、アーティストなのか?(前編)【PhilosophiArt+】

こんにちは。成瀬 凌圓です。
今回は、パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートが社会と深く関わるための10のポイント』(アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会 訳、フィルムアート社、2020年)を読んでいきます。


ソーシャリー・エンゲイジド・アート(SEA)とは

ソーシャリー・エンゲイジド・アート(以下、SEA)は、社会と芸術の関わりを重視した新しいアートです。
それまでのアート(写真、絵画など)に必要とされた理論や、それまでの歴史は役に立たない、とこの本の著者パブロ・エルゲラ氏は述べています。

SEAに必要なのは、「芸術以外の分野から知識を集めること」にあります。
教育学や文化人類学、社会学などの知識から、アーティストが関心を持ったものでカリキュラムを構成すべきだと主張しています。

今回取り上げたこの本では、教育のツールを使ったSEAの実例がいくつか紹介されています。
さまざまな分野との関連を説明するためにも、哲学者や美術評論家などが紹介されています(もちろんアーティストも多くの方の名前が登場します)。

アートとはほとんど関わりはないけれど、SEAを考えることで哲学とアートとのつながりを、アートの方向から考えるヒントになるかもしれない。
そう思ってこの本を手に取りました。

著者 パブロ・エルゲラ氏について

パブロ・エルゲラ氏については、この本の[著者紹介]を一部引用します。

パブロ・エルゲラ(1971年メキシコシティ生まれ)は、人類史、伝記、逸話、歴史的事件の間の思いがけない結びつきを見出し、それらすべてを一つに統合し、そこに我々とアートとの現在の関係性を投影させるアーティストである。その手法は秩序だったもので、バロック音楽のフーガやアルス・コンビナトリア(結合術)につながる戦略を思わせる。歴史、教育学、社会言語学、人類学に強い関心をもち、それはレクチャー、美術館での展示、パフォーマンス、小説のかたちをとって提示されている。

パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートが社会と深く関わるための10のポイント』(アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会 訳、フィルムアート社、2020年)より

「アーティスト」という肩書きではありますが、多くの関心からアウトプットし続けている姿勢が、「職業:自分」を目指す自分と重なりました。

自分も多くのことに関心をもち、自分らしい形でアウトプットしたいと考えています。
そのヒントをこの本から少し学んでいこうと思います。

SEAには敵がいる?

この本にはSEAのポイントが10個書かれています。
僕はその中で、「Ⅵ Antagonism 敵対関係」と「Ⅸ Transpedagogy 超教育学という視点」の2つが気になりました。
今回は、「Ⅵ Antagonism 敵対関係」について考えていきます。

ここで言われている敵対関係は、反社会的または敵対的な社会的行為によって作られた関係性のことを指しています。
そのような行為はSEAの基本的な領域ではあるけれど、アーティストの対立的な行動は人々から避けられるかもしれない、とエルゲラ氏は指摘しています。

対立的な行動を、パフォーマンスという形にして参加者を巻き込む方法は、SEAに携わる上で理解しておいたほうが良いとエルゲラ氏は言います。
そこで、さまざまなSEAの実例から、オーディエンスの種類には3つのタイプがあるとしました。

  1. 自発的(voluntary)
    参加者自身の興味や目的から身を投じる

  2. 強制的(non-voluntary)
    参加者の承諾を得ず、アーティストの意図したアクションに置かれる

  3. 非意図的(involuntary)
    アクティビティに参加するように誘われ、予期せぬ状況に置かれる

最後の「非意図的」なパフォーマンスの例として挙げられているのが、エルゲラ氏が所属するアーティスト・グループが行った実験です。

彼らはメキシコで、「第1回メキシコ都市文化浄化会議」という会議を開催するというパフォーマンスを行いました。
文化政策についてのプレゼンのうち、半分は公募した論文から、もう半分はアーティスト側が用意した脚本から発表をするという内容でした。

その中でアメリカの保守的組織の理事として紹介されたアーティストのプレゼンが、メキシコの新聞各紙に取り上げられ、一連のパフォーマンスが、文化政策について国民が議論するきっかけとなりました。

パフォーマンスが新聞に掲載された様子(パブロ・エルゲラ氏のHPより)

数日すると、この会議の一部がパフォーマンスだったことも明るみに出てしまいます。
僕は、この報道を受けてアーティスト・グループが出した声明の内容がとても印象的でした。

数日後、そのイベントはパフォーマンスだったらしいということが明るみに出たが、どの部分が作為的だったかはあいまいなままだった。はっきりさせろと圧力をかけられたが、私たちは、シンポジウムにおける意見表明が役者による演技であっても、実在の人物による発表であっても、議論の内容が変わるわけではないという趣旨の声明を出した。そのイベント、またはイベントの一部がパフォーマンスだったと公表すると、「単なるアート」と片付けてしまう人もいるだろうと、私たちは考えたのだ。

パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートが社会と深く関わるための10のポイント』(アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会 訳、フィルムアート社、2020年)より

演技でも、実際の発表でも、議論の内容は変わらない。
この内容が強く自分の頭に残りました。

伝え方を変えても、メッセージの内容そのものは変化しないことを、「職業:自分」に照らし合わせて考えてみたいと思いました。

「SEAの敵対関係」から「職業:自分」を考える

僕にとって、「職業:自分」は“今の自分をアウトプットすること”です。
挑戦してみたいこと、いつかは「職業:自分」の一部にしたいことがいくつかあります。この「PhilosophiArt」での活動がその地盤となるのではないかと思っています。

自分の学びを皆さんに発信することで、自分の一つの伝え方を手に入れる。
noteでの情報発信を通じて、少しずつ自分の力をつけていきたいと思っています。

僕は今、大学で哲学を学んでいます。それと合わせて、学芸員資格という国家資格の取得を目指しています。

学芸員は,博物館資料の収集,保管,展示及び調査研究その他これと関連する事業を行う「博物館法」に定められた,博物館におかれる専門的職員です。

学芸員について|文化庁(ホームページより)

資格を取るのに必要な授業をいくつか受けていて、この本を読みながらそれらの授業の内容とつなげて考えることもありました。

そのことについては、後編で書こうと思います。
次回の記事も読んでもらえると嬉しいです。

この記事が参加している募集

最後まで読んでいただきありがとうございます! いただいたサポートは、書籍購入などnote投稿のために使わせていただきます。 インスタも見ていただけると嬉しいです。