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婆さんの好物 鯨と夕顔

婆さんとアレクサ越しの会話。

「ようご」の汁は美味いよなあ。クジラを入れたのは、もっと美味い。

「ようご」というのは、「夕顔」の方言。新潟では、「ゆうご」とも言うようだが、婆さんは「ようご」と呼んでいる。

クジラは、塩漬けのクジラの脂身。
「お前は好きじゃないだろ?」と、婆さん。確かに得意ではないが、何しろクジラを食べたのは、高校卒業するまで。風味や滋味を感じるような大人になる前のこと。

去年の夏、婆さんの物忘れがひどくなったと妹から連絡があり、7月に実家に行った。

雑然とした居間、なんとなく匂う台所、いまいち記憶がはっきりしない婆さん。

今までの婆さんとは明らかに違う姿を見て、自分の感情もガタガタになってしまった。

こうしたら、こう言えば、婆さんが元に戻るんじゃ?もっとしっかりするんじゃないか?そんなわけないのに、訳もわからずきつい言葉を発してしまうことも多々あった。

何でもかんでも詰め込んであった実家の冷蔵庫。

ヤバそうな野菜、たくさんの小さな調味料やタレの小袋、いつから入っていたのか不明の冷凍食品。私から見たら、とりあえず一旦全部出して捨てたくなるものばかり。

腐った野菜は始末すれば、婆さんも喜ぶが。

「まだ使えるから捨てないで。」と言われるものも多かった。婆さんが畑に出てる間にささっとまとめて、新聞紙などにくるみ、次のゴミの日まで婆さんに見つからないように冷蔵庫の片隅にしまっておいたりした。

その時も冷蔵庫に「クジラ」があった。

日付けを見ると賞味期限をだいぶ過ぎている。

婆さんに聞けば、「捨てないで」と言われるだろう。

私は黙ってスーパーのトレイを外し、中身のクジラを生ゴミ用の袋に突っ込み、他のゴミでクジラが見えないように隠した。

婆さんは、冷蔵庫にクジラがあったことを忘れてしまったのか、それとも私が捨ててしまったことに気付いたのか、それからクジラのことを言うことは無かった。

また、夏が来る。
「クジラとようごの汁」
私は作れない。

今年の夏、婆さんがまだ覚えていたら教えてもらおう。


「夕顔」と「冬瓜」、今まで同じものだと思っていた。

注意:苦味があるものは食べてはいけない


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