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多重性のすり合わせ。


体感的な話になりますし、言語化ということになりますと、相手の方達にはわからない部分もあるもので、正確性に欠ける範囲での話にはなるとはおもいますが。

本来ならばしかるべき機関としかるべき専門医が対応すべきものだと思いますので、はじめにいっておきますが、こちらの情報というものは基本的に俺個人が独自に調べて正確性があるかわからない情報を元に話す事が多いものなので、もしきちんとした情報や正確性の高い情報が欲しいのでありましたらきちんと専門医を探すなり、書物を受注するなりして自分の納得する情報を得ることをおすすめしますね。

重要度の高い記事にかんしては主に自分の話や生活で困ったことに対して自分がどうしたのかというものを書いていきたいなと思っているので、直接的な精神的な部分は書かないとは思います。

そちらも俺自身が適応したというだけなので、試すのは自由ではありますが、基本的に自分が納得していくものをするのが大事なのかなと感じていますね。

まあそれはともかく、多重人格性のすり合わせというのは個人的には、常識性と道徳性と一般性のすり合わせが必要なのかなと思っております。

記憶あるなし関係なしに、勿論俺みたいに記憶の保有ができるタイプならば問題はないでしょうし、色々と楽にはなるんでしょうが、記憶がないタイプはすごく大変なのかなあとは思います。

一番考えれるのは人間同士の距離感や異性との距離感、そういうものを改善できるとまた大きな進展があるのかなと思います。

記憶にあるなしに関わらず、人間的な部分のやり取りの中でなにが正解かわからないときに傾聴をするというのは非常に大事なのもありますね。

俺個人もなかなかできてはいませんが、傾聴をするという事は相手の言葉をきちんと聞いたうえでどういうものかを解析する行為だと思いますので。

解析し咀嚼して話すという事は一般の人もやっているので、そこにフォーカスをあててどうするかというのを考えるとよくなるかもしれません。

人格の分離や性格の崩壊というものは専門医にきいてみたければわからないことも多いので、これだというものはありませんが、少なくとも精神の揺らぎや、過去のトラウマ等における救いのある誰かに依存することや執着するということもあげられるかなあと個人的にはおもいます。

どんなに理解して受け入れている事あっても友人だからと何度も何かを告げるのは重荷になりますからね。

最近の俺もありました。

幼い人格であろうとなかろうと一人の大人の人間であるならば成長していくための改善は必須なので、勿論なんらかの影響を俺個人もできるのであればしますが、基本的に消えていますし、俺と彼は相性が悪いので、ただ同じような要素を持つ方たちにきいたら性質は似ているようですね。

そういうものは稀なようです。
信じられないとか証明ができないとか俺個人には些細な事です。
わかってほしいひとには何人かいいましたが、やはり何人かはこじれましたからね。

基本的に寂しがりではありますが、基本的に一人が好きなので結局気にしなくなりますね、彼は懐いた子たちにはいつも思いをはせていましたが、人を愛したいだけの子でしたからね。

愛されるのも愛すのも奇跡なことを知らないといけない。
継続的な尊重をもっての関係性は互いの対話からはじまりますからね。

信じられないのは俺個人の情報や正確性が未知数なとこもありますし、一般的に外見が同じで中身が変わったとなったらそれは警戒しますからね。

幸い俺は調和をしたいタイプなので問題はないですが、俺にも愛があるし、人を好きになる感情もあるので、ただ彼が積み上げた大事な人達にはなんらかの恩返しはしないととはおもいますね。

彼はきっと一人では生きれなかった。
人を愛すだけで。

俺はそんな彼を映画の中の住人のように見ていましたが、ある日映画の主人公がいなくなりまして、俺が出てきたという形ですかね。

なんとなくここ一週間は俺の事を話してましたが、なんだかんだ、彼にしかなれないなあとおもい、こちらにお引越ししましたね。

基本的に彼の内側にいて、彼が感情を制御できないときにだけ色々終わらせるために出てきていたので、まあ長々と書くと面白味のない話になるので、もうやめときますが。

彼は大分幼かったですがそのような大分真っ白でしたのでね、そこが大分好かれてましたが、人を結局嫌いになれす苦しんではいたみたいですね。

彼の物語や記憶は引き継いでますし、彼の好きだった人達の思い出はとてもよかったので、それぞれに会いたいなとはおもってますが。

一人の女の子には家族みたいな感情をもってしまってだめですね。
彼女に諭されて色々止まりましたが、なんとなくですが表出はしないものの、彼女限定で体のコントロールを奪われたので、よほど重要人物なのかもしれん。

お兄ちゃんみたいに慕ってた同い年の男の子もいましたが、俺が彼のかわりに思ったことを長々とおくってしまったので、それは本気で彼にあやまりたいし、実際にはなしてみたいとこですね。

関係性をなまじ記憶している分、意外と失敗することもおおいようです。
別人格といっても、基本的には主人格の友人であればどちらも同じではないかと思う方もいるでしょうからね。

そちらの配慮が足らなかったかなと、俺は俺自身の意思でこれからも生きていきますが、いうなれば俺がこちらに切り替わったということは仲よくしていた一定数の人間には、下手したら俺個人が彼を消したになりますからね。

消してないとってもそちらも証明しようがないわけですから困りますよね。
受け手が感じるべきことだし、個人的には穏やかに彼に復活してほしいので、
きちんとした土壌は必要だとおもうのですが、どうにも同じような性質の人にも言われましたが、証明できない以上は不特定多数に言うのは違うかもしれませんね。

混乱や歪曲で伝わる可能性が非常に高く感じます。
俺個人は好ましくはありますが受け入れてくれた方は問題ないとはおもいますが。
受け容れられないという方に関しては得体の知れない人間なのですからね。

あらゆる可能性を考えますでしょう。
良き隣人にはなりたいなあとは思いますが、彼が積み上げてきた絆は俺ごときが改めて受け継ぐものではないですからね。

心にある世界は大分ちがうので。
誤解もやまほどあっても彼はひたすら親愛を信じた。
俺はそこまでの余力はないので、調和だけを重んじます。

対話を望むけれど無邪気には色々勝てませんからね。

俺は俺でまた別の目的はありますし、彼を起こす手伝いをするのはそのためかもしれませんね。


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