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クリスマスイブの夜を歌舞伎町で過ごした話

歌舞伎町のバーで1日だけ働いたことがある。
前職は某ブリティッシュパブで1年ほどアルバイトをしており、その流れで似たような仕事を探していた。
ただ、辞めた時期が中途半端だったこともあり、なかなか新しい職にたどりつけない。いわゆる無職生活の幕開けである。
当時はまだ学生で、卒論の執筆が佳境に差し掛かっていたことから、「卒論さえ終われば何とかなるだろう」と高をくくっていた。
けれどその時のボクの立場というものは、意外にもめんどくさいもので。
一応、4月からの務め先はあるということから、数か月しかシフトに入れないという欠陥住宅であった。
最初のころはフリーターという体で嘘をつくわけにもいかず、最寄り駅は玉砕。
1週間に10数件のバイトの面接にいったが、どこからも連絡が来ることはなかった。
これは下手な就活生より、マズい。
いよいよ本腰を入れて、職探しをしなくてはと思ったはいいものの、いまのこの状況で雇ってくれそうな職場など、ラブホの受付か元ホストがオーナーの安っぽいなんちゃってバーくらいしかないと思案していた。
で、実際に歌舞伎町に足を運んだわけである。
ちなみにラブホの受付は研修期間が3ヶ月もあった。
※一応いっておくが、ちゃんとしたBARで働きたい方は絶対にind〇dとか、バイ〇ルなんてものから応募しないほうがいい。
まず自分が働きたいと思うBARを見つけ、そのお店のHPで求人情報があれば自分で実際に客として行ってみることをおすすめする。
これは先輩バーテンダーとの約束だ。

面接

いざ面接にいってみると、見た感じは普通のBARだ。品揃えについては何とも言い難いが、なんちゃってBARにしてはある程度揃っている……ということにしておこう。
正直、イケメンでもないボクとしては受かるとも思っていなかったので、いつも通り受け答えをしてしれっと採用されていたことには若干驚いた。
まぁ仮採用という形ではあったが。研修期間は100時間、その間に店長とオーナーが本採用にするかどうか決めるそうだ。
とりあえず、初出勤日を決めてその日は解散。そして迎えた当日。

バーの初日、タバコの煙と洗礼

その日はたまたまクリスマスイブであった。べつに狙ったわけでもないし、予定があったわけでもないので、特別な感情を抱くこともなかった。
LINEで店長から「今日はイベント日だから、他のスタッフはコスプレ勤務だ」と聞かされていたが、新人は無難にスーツでいくことにする。
いつも通り筋トレをしてシャワーを浴び、そして新宿へ向かった。
出勤は21時半から。この時間帯で歌舞伎町で素面でいるなんて、もしかしたら初めてかもしれない。
二度目の来店。各人に挨拶をして、敵じゃないことをアピールしつつ、さっそくオープン作業に入る。
とはいえ、物の場所を覚えるくらいでやることはいたってシンプルだった。
前職の影響でシンクの汚れやグラスの水垢具合までくまなくチェックしていたことから、この段階で「まぁ、歌舞伎町だし」という心情になっている。
研修が始まるやいなや、真隣でタバコをふかしながら「研修中の喫煙はダメだよ」と注意してくる主任のA氏。
服にヤニがつくのってこんなに不快感を覚えるんだと思った。ボクだけスーツだったからかもしれない。
それとも主任の吸っている銘柄がハイメン(ハイライト・メンソール)だったせいだろうか。
まず主任ってなんだよって突っ込みからはじまる営業であったが、そこは詮索しないことにする。
とにかく帰ったらすぐに洗濯機にぶち込もう。ノンアイロンのシャツを買っておいて正解だった。
その日の終わりにはスーツがタバコ臭でまみれていた。ハイメンの分際で、とキレそうになる心を沈めつつ、これが夜の世界の洗礼だと笑うしかなかった。

夜職のリアル

バーの主任は3人いて、他に通常スタッフと店長そして新人のボクの合わせて8人で店を回していた。正直、店内の広さからしてスタッフが余るように感じたが、ここではボクは新人。余計なことは考えてはいけない。
初出勤であるボクは他スタッフに就きながら仕事を学ぶ形だった。
意外だったのは、勤務開始前に行われたミーティング(MTG)の内容だ。驚くほどしっかりしていて、「同伴」「未定」「売上」などの言葉が飛び交っていた。これらの単語がキャバクラやホストと同じ意味合いで使われていることを、この時点で理解した。
営業中は「シャンパンコール」「飲みコール」「ラスソン」「同伴」といった夜職の十八番がぐるぐると飛び交う夜夜夜職。
その手際には目を見張るものがあった。
しかし、以前にバーテンダーとして働いていた自分にとっては違和感の連続だった。ここでのドリンクのほとんどはキャスト用のお茶割りピッチャーで、お客様用のドリンクといっても出るのはリキュールやシロップを使ったジュース割り(たぶんカシオレ)くらいだった。
わかっているがこれが歌舞伎町の接客であり、ここではこれが正解なのだ。
頭ではそう理解しながらも、文化の違いに軽い衝撃を覚えた。
正直、「この程度でBARを名乗るなんて…」という感情が出てきたが、ここは歌舞伎町。一般的なBARがあるほうがおかしい。
逆に思考を転換して、この職のいいところを見つけるべきである。ただ貶すのはもったいない。
コールを覚えるのは大変だったけど、べつに嫌いじゃない。むしろ実際に働いてみて、毎日のようにこの仕事をこなす彼らを尊敬する。
「せっかくの仕事なんだ。この一日だけでも全力でやろう」。そうトイレで決心した。

目の保養と驚きのミーティング

唯一「良かった」と思えたのは、仕事中にエロいサンタコスを見ることができたことだろうか。今日はクリスマス・イブ。夜職サンタクロースが出勤前後に店に顔を出し、そのたわわな胸元をアピールしてくる。
別に仕事中にそれで興奮するわけではないが、目の保養は大切だ。ここは歌舞伎町。性にはもちろんオープンだし、キャストもお客さん自身も野暮なことは言わない。ここは空気を読んで、スケベになるべきだ。
そう自分に言い聞かせながら、気を引き締めて働いた。ノリを悪くしてもしょうがない。

客ども

その夜の客層は、遠方から訪れる公務員、セクキャバ嬢、同業者、気前の良いおじさんといった顔ぶれで、来店数は20人に満たなかった。一人あたりの単価が高いのだろう。
お姉さん(おかま)たちを引き連れていっぱいシャンパンをおろしてくれるはげたおっさん。なぜああいうひとはなぞに関西弁なのだろう。

どこか漫画じみた光景だったが、こうした「お約束」感がこの業界の味なのだろう。
仕事といえば、彼ら彼女たちとお喋りをしたり、ピッチャーをおねだりしたり、一緒にカラオケを歌ったりすることが中心だった。
お酒を作るほうが少なかったくらいだ。

というか、印象的だったのはスタッフの相槌の速度。相槌の代わりにコールしてたような気がする。「うんうんうん。そうだね」が流れるように出てくるから、会話のうすっぺらさが目立つ。でもそれを感じさせないのがプロなんだろう。ボクにはよくわからいない。
お前ほんとに話聞いとんか。時々突っ込みたくなる。
知らない飲みゲームでボロ負けしたり、ボードゲームやダーツでお客様と戯れたりするのはなれてしまえばルーティーン。
まぁ鏡月のお茶割りだから、酔うほど飲んでないからいくら飲まされても平気ではあったが、さすがに次の日はのどの調子がよろしくなかった。煙草も吸ってないのに。

夜職で学んだこと

勤務終了後、タイムカードを切った後に再びミーティングが行われた。その時点でボクの頭は「早く帰りたい」という言葉しか浮かんでいない。
MTGがはじまるとスタッフ一人一人の反省会が行われる。
主任たちの態度が一変したことに驚いた。さっきまで屈託なく笑顔で話していた彼らが、真剣な表情で売上や同伴についてスタッフに指摘を始めたのだ。
「クリスマスは決まったイベントだから、準備をしっかりしよう」。彼らが口にする「準備」とは、もちろんお客様を迎える準備ではなく、お客様を店に連れてくる準備のことだった。
この一日を通じて分かったことがある。同じ「お客様に楽しんでもらう」という目的を持っていても、そのための手段が全く異なるということだ。ターゲットの違いなのか、それとも文化の違いなのか。この場所での「サービス」は、根本から異なる価値観に基づいていると感じた。
久しぶりに新宿の朝をシラフで迎えた。ゲロまみれなわけでもなく。見慣れた街並みも、働いた後では少し違って見えた。
結果的に良い社会勉強にはなった。おかげさまで大学最後の冬休みはこの一夜を境に生活リズムが見事に崩れてしまった。
まぁ、いい社会勉強になったと思おう。帰りの電車で店長に退職の旨を送信し、そのままブロック。
とんだ一期一会になったものだ。歌舞伎町。やはりいくなら客としてのみ行くべき街である。


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