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「タクシードライバーの視線 ーうつむく街の人々」 ショートショート

「どうですか? 運転手さん、街の様子は?」

タクシーに乗った客は、運転手に声をかけた。

「いやー、最近はめっきりですよ」

「そうなんですか。ちなみにもう長いんですか? この仕事」

「そうですね。もう、20年以上になるので、長いといえば長いですかねぇ」

「それは、もう十分にベテランですよ」

客はスマホの充電が切れかけているのか、タクシーの運転手と話を続けた。

「そういってもらえれば」

「この街をもう20年以上、タクシーから見続けているんですよね。最近はやっぱり、以前と違いますか?」

「そうですね。みな、どこか元気がないというか、視線も下を向いているような、そんな感じですね」

「やっぱりそうなんですね。こう見通せない世の中だと暗くなってしまうんですかね。やっぱり」

「そうなんでしょうね。きっと。やっぱり空気感がどんどん悪くなっている気がしますよ。いや、自分が思っているだけですから、すみません」

「いえいえ、貴重な話を聞けました。ありがとうございます。自分、これでも新聞記者なもんで、街の雰囲気をよく知っているひとの意見は貴重です」

「ああ。記者さんだったんですね。やっぱり」

「やっぱり、とは?」

「今の時代、みんなスマホやらなにやらで乗っている時も忙しないものですから。話しかけられるのが珍しかったもので。

「なるほど。最近はそうなんですね」

「一昔前は会話も楽しみだったんですが、みんななにかに急き立てられているようですよ。おっとこれも自分も適当な感想です」

「いえいえ、そういう声も貴重です」

そうこうしているうちに目的地についた。そこは大手新聞社の前だった。

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「おう、久しぶり」

乗ってきたのは常連の客だった。20年以上、タクシー業をこの街でしていれば、馴染みの客もできる。

「久しぶり」

「景気はどうだい」

「ぼちぼちさ」

「ぼちぼちさって、なんかないのかい? 景気いいこととかさ」

「ないなぁ。あってもいわないよ。むしろ悪くいうもんさ」

「なんでだい?」

「みんな、不景気な話を聞きたがるからさ。景気のいい話や明るい話なんてだれも聞きたくないからね」

「そんなもんかねぇ」

「そんなもんさ。だからたまに話しかけられたら、前よりも暗くなったみたいな話をするようにしている」

「そんな陰気な話をして、暗くならないかい?」

「ならないさ。そんなことを聞いてくるのは、暗い話を聞きたいやつだけだからね」


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