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「遺伝子決定論からの天職なんてない話」もっと幸せに働きてぇなぁ仕事論

あの人は〇〇をやるために生まれてきた!

とか

あの人は〇〇の素質がある! という話、よく聞く。たとえばサッカーがめちゃくちゃうまいと、「サッカーの素質がある」とか「遺伝子レベルからサッカーがうまい」とか「天賦の才だ」とかそんな話。

が、このへんはよくよく考えるとありえ無いのはよくわかる

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いやだって、サッカーを作ったのは人間だから、もちろんそもそも遺伝子の中にサッカー遺伝子なんてないのである。
あるとすれば、身体能力とか洞察力とか、その辺に関連する遺伝とかそういうのが、あるんだと思う。ほら、短距離がめちゃくちゃ得意とか。

いや、例え話でいっているのはわかりますよ。

で、天職の話。

もう、その人が為すべき仕事なんて、ふつーに考えたら、ない。

運命もなにもないのだから、その人が天から与えられ、やるべき仕事なんて、ないのである。

ただ、サッカーとか遺伝子とか、運命とかそういうことがないのはなんとなーくわかっても、こと、仕事のことになると、案外、夢を追っかけてしまうのが人。

「俺にあった仕事がどこかにある」

「ぼくにはやるべきことがある」

「天からお金がふってこないかなぁ」

とか。

もう、ほんと、個々人レベルにおいて、やるべきことなんて、ないのである!!!!!!!!!!!!

だからもう、自分を探してもダメ!! というかいるじゃん、ここに自分!!いま!!!

情けないのか、立派なのかは置いておいて、そこにいる自分が自分以外何者でもない!!! ので、自分探しってなんぞやって話。

そんな無味乾燥な、、、、やるべきことがないなんてひどい! と思うかもしれないが、
逆言えば、
天から与えられた仕事が 会議用の資料をコピーすることだったら どうするんや!!!

すげぇ、めちゃくちゃコピーし続けないといけないし!

間違ってコピーしてしまったいらない紙をシュレッダーをかけ続ける仕事 が天職として定められたら、どうなってしまうのか!!!

この二つがコンボになってたら、延々コピーしてシュレッダーな人生!!!

いや、もちろん、それが充実した仕事だと思えれば、それでもそれが天職なんだろうけど!!!!!

自分のやりたいことが天職で適職とは限らないのが人生。
いや、正確に言えば、そう決まっていないのが人生。

でもそれは、別に悲しむべきことではなく、自由度の問題にして枷。

天は乗り越えられない試練は与えないとかいうけれど、それも嘘。
「いや、そんなことは!」というかもしれんけど、それ日本とかのそこそこ発展して、暮らせる環境の話で、治安が××だったり、もうめちゃくちゃベリーハードモードな地区でいえるのか? 存在したらめっちゃベルセルクやん。。。。

そこはもう、人生やれることに限りがある中で、やれるだけをやるってことにしとかないと、無限の可能性という言葉に押しつぶされちまうんじゃないかなーと思う。

むりなもんはむり!!! と、自分のできること、そしてやりたいこと、この辺のバランスを取ることが、大事なんでないのか。

別に可能性を否定するわけではないけれども
その時に、誰かの言葉に乗せられて、挑戦するってのはちゃうんじゃないかなー。

やっぱ大切なのは、自分の気持ち。天職とか遺伝子とか運命とか本当の自分とかの外側の理由をつけずに、本当にやりたいこと、それが叶わないとしてもやりたいことなのか、もしくは自分のやりたいことよりも大切に頑張れることなのか。

そういうことなんじゃないかなぁと思う。

かっこよく行きたいねぇ。粋に生きたいねぇ。自分自身にとって。

オシャレへの道はまだまだ続く!! ではまた!!

最後まで読んでくれて thank you !です。感想つきでシェアをして頂けたら一番嬉しいです。Nazy