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『愛と死』武者小路実篤
久しぶりに読書して号泣しました。
武者小路実篤の『愛と死』は、誰かを愛する気持ちを衒うことなく、ときに読んでいて恥ずかしくなってしまうくらい純粋に書き上げた一冊です。タイトルにもあるように、愛と死の物語。すでに何世紀にも渡って幾度も小説の題材として取り上げられて来たであろう使い古された主題と単純なストーリーなのですが、だからこそ筆者の非凡なる才能をとくと味わえる一冊です。
さらに非常にわかりやすい日本語で書かれていることも特徴でしょう。こねくりまわした表現は一切ありません。誤解を招くことを覚悟で形容すると、まるで小学校の国語の教科書に載っていそうな平易な文章です。スラスラ読めます。
ところがよく物事を観察し、人間をまっすぐに見つめている人の語る言葉には、単純な表現にも深みが現れ、簡単な言葉に心が宿るのです。
たとえば、
「家は思ったより近かった」
そうそう、気になる人と並んで歩いているといつもの道なのにあっという間に時間が過ぎてしまうあの感覚。
「自分は誰にもその話はしなかった」
好きな人がいるとき、嬉しいことがあると友だちに聞いてほしくなるけれど、恋しているときに考えるような恥ずかしい妄想や夢なんて、誰にも言えないですよね。
「死ぬというのは実によくない」
愛する人を失くす経験をしたことはありませんが、どんな悲痛な嘆きよりも、この一文に捕らえられる。切実さを感じる。
こんな作中の何気ない些細な一文にハッとさせられるのです。ああ、誰かを愛したり愛されたりするってのはこんなにキラキラした宝物なんだなあと素直に感動してしまいます。そのせいで、後半、死のパートになると本当に胸が痛くなる。でも武者小路実篤の小説の中の人々は善良で、そしてしぶとい。死に対峙する姿もまっすぐです。ドロドロとしたいやったらしいものがない。むしろ清々しい。だからと言って楽天的で薄っぺらい訳ではない。この本を読むまで、死と死んだ人についてこんなふうに考えたことはありませんでした。
彼の本に登場する人物には善き人が多い。ついつい辛い話や批判的な話の方が賢そうに見えてしまいがちで、素晴らしいことを大手を振って褒め称えると、浅はかとも取られます。でも、善き人たちの生活をこんなふうに真正面から語る文学があっても良い。武者小路実篤の文学は、人間はこんなに優しく人を思いやる気持ちを持てたり、まっすぐに世の中に向き合うことができるんだなあと思わせる、救いのある文学です。
1930年代に書かれた小説なのですが、人を愛する気持ちは時代が移り変わっても変わらないもの。今読んでも、もしかして今読むからこそ、すごく瑞々しく感じます。
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