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ブローティガンの見た東京

ブローティガンは日本に来たことがあったと聞いた。彼が見た東京はどんな街だったのだろう。どうやら『東京モンタナ急行(The Tokyo-Montana Express)』という彼の著書に東京のことが書かれているらしいのだが、Amazonで見てみると八千円もしてちょっと躊躇してしまう。Kindle版は無料なのだが、電子書籍は好きじゃない。フランス語版ならパリで簡単に手に入ったのだが、でも英語の本をわざわざフランス語で読むくらいなら原書で読みたいと思って買わなかった。そして原書がまた高価な一冊なのだ。できれば日本語か英語で読みたい。じゃあKindleですぐに手に入るのだけど、紙の本が好きだからどうしても手が出ないでいる。

その代わり『ブローティガン 東京日記』という詩集を見つけた。著者の東京滞在中に書かれたという詩にはどれも日付がついている。1976年5月13日から始まり同年6月30日で終わる。日記のようでもあり、詩のようでもある。まるで旅のスナップ写真のように、一瞬の情景や心の揺れが書き留められて心地良い。
小説に比べると詩の世界はとっつきにくく感じることが多いのだが、この詩集は日記のようだから抵抗なく世界に入り込むことができる。彼の小説が非常に短い章をいくつも重ねて世界を形作っているように、詩もまた短く読みやすい。言葉の選び方も好きだ。原書でも読んでみたいなと思う。


一番気に入った詩をひとつ引用する。

公共の場所、カフェやバーなどで詩を書くこと

見知らぬ人がたくさんいる場所でひとり
ぼくは天上の合唱隊の
    まん中にいるみたいに歌う

ー ぼくの舌は蜜の雲 ー

ときどき自分を気味がわるいなと思う


東京 1976年6月11日

『ブローティガン 東京日記』リチャード・ブローティガン著 福間健二訳



詩に興味がない人も、この本の序文はぜひ一度読んでみてほしい。


日本人がミッドウェイ島を攻撃した時、ブローティガンの叔父さんは日本軍から爆撃を受けたという。その後怪我の後遺症もあり若くして叔父さんは亡くなった。第二次世界大戦当時、子供だったブローティガンは日本人を憎んでいた。敵討ちを願った。日本人は人間ではないと教えられそう信じていた。

序文の中で”プロパガンダは子どもの想像をかきたてるものだ”と彼は言うが、プロパガンダをプロパガンダと気づくことなく大人になる人もいるだろう。それにプロパガンダは大人にだって有効だ。

しかしブローティガンは違った。戦争下に生まれた日本人への憎しみは、時を経て変化していく。日本の文化に出会い感銘を受ける。戦争というものが分かっていく。その様子を衒いなく、自己弁護することなく、フラットに、どこまでも真摯に書き上げた序文は、今こそ再び読まれる価値があるだろう。



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