見出し画像

偏愛映画『DIVA』永遠に憧れの街

初めてこの映画を観たのはいつのことだったか。以来何度も見返しました。DVDも持っているし、実家にはサントラがあってよくリビングでかかっていた。もしかしたら映画を観る前にサントラを聴いていたかもしれません。こういう映画、こういうエスプリが好きで、小さな頃からパリに憧れていました。


ジャン・ジャック・べネックス監督『DIVA』

あらすじ
頑なにレコーディングを拒む人気オペラ歌手のコンサートを密かに録音した郵便配達員のジュール。その日から謎の台湾人、怪しい2人組、そして警察に追われ、パリの街を疾走することとなる。



シャンゼリゼにあるpublicis cinemaで先週2回だけ上映されていて、喜び勇んで観に行ってきました。まさかこの映画をパリの映画館で観られる日が来るとは、感無量です。


大きなスクリーンの前に観客は10人ばかり。でも上映が終わったあと、1人のマダムが拍手を始め、嬉しくなって私もすぐに加わりました。あ!マダム、日本人だ。お友だちも日本人のようです。トイレに行くと、マダムのお友だちが映画の内容について尋ねています。あのシーンはどういうこと?あのカセットはなに?

ついつい私も話に加わって、マダムと一緒に熱心に映画の魅力を説明してしまいます。

マダムは83年、日本で初めて『DIVA』が上映された時に映画館で観て以来大好きだそうです。サントラも持っているそうです。私もDVDを持っています!と2人でトイレでうきうきしました。自分の大好きなものを同じく大好きだと言ってくれる人と、同じ熱量で、素晴らしいよね!と言える瞬間は、なんと嬉しいことでしょう。


画像1



『DIVA』は綺麗な映画。でもよくあるような、綺麗なだけで物語が空っぽな退屈映画ではありません。オペラと犯罪組織、交差する2つの音源、スリルのあるプロットが飽きさせません。


画像2


フィルムに撮られた80年代のパリの色。夜の濡れた街角。青い夜明けの散歩道、凱旋門、コンコルド広場、チュイルリー公園。地下のゲームセンターの窓に映るキッチュな光の反射。オペラ駅の赤。

そこへ流れる近代的で幻想的の音楽。メトロを疾走するときのあの曲。


ちょっとしたセリフもカッコいい。

「さっきの写真は君?」

「いいえ、クロコダイルよ」


一番好きなのは禅と悟りとバゲットにバターのシーン。玉ねぎを切るときに水中ゴーグルをつけるのは永遠の憧れだし、パンにバターを塗りながら悟りの境地に至りたい。


登場人物もみんな素敵で、特にベトナム系のアルバちゃんは理想の女性。こんな女の子になりたい。下手な演技さえも似合っていて、彼女の魅力を2倍にするスパイス。今まで観た映画に出てくる全てのアジア人女性の中で1番カッコいい(でも王家衛の『天使の涙』に出てくる女性もみんなカッコいい)。


ジュールの住んでる廃棄車倉庫。初めて観た時は痺れたなあ。こんなイカした隠れ家みたことない。

アルバちゃんとゴロディッシュの住む、だだっ広いロフト。青白い光の中、ガランとした空間にポツンと置かれたバスタブ。家の中でローラーブレード。ここで一日中パズルを解く。


画像3


青と白のゴロディッシュ、赤い革ジャンのジュール、ポップカラーのアルバちゃん。スタイルのあるファッションは決して廃れません。


メトロの通路から吹き上げる風にスカートがめくれるワンシーン。通行人役の彼女は当時大人気だったBrigitte Lahaieというポルノ女優。


そしてパリを離れ、深緑の青い森を走る白い車。引きで撮られた灯台と風景、走り去る車。空が映るフロントライトカバー。細部へのこだわり、構図の完璧さ、絶妙な色のバランス。カメラの動きも秀逸で、灯台に入る時のトップショットは完璧な美しさ。エスカレーターを上るカメラと横切る女性も素晴らしい。


この映画が、カッコいい!と思うものの基準。夢とスタイルが詰まってる。


パンにバターを塗って悟りに至ったり、家の中でローラーブレードをしたり、隠れ家でひとりオペラを大音響で聴いたり。私は毎日の生活の中でこういう感性を大切にしたいんだった。いつ観てもワクワクします。

同じ映画を繰り返し観ると、昔は好きだったのに今見ると色褪せてしまった作品もあれば、もう心が動かなくなってしまった自分に気づかされることもあります。この作品は何回観ても、何年経っても、好き。自分が良いと思うものの原点。だから何度も見返すことで今の自分の居場所を測る基準になって、軌道修正させてくれるような、そんな映画があるってことがすごく幸せです。


ところで、映画館には10人しか観客がいませんでしたが、私を含めそのうち3人が日本人だったというのが面白い。フランス人の映画好きに『DIVA』が大好きだと言ってもほとんど知っている人に会ったことがないから、本国よりも遠く離れた日本で、あの頃パリに憧れた人たちに強く愛された作品なのかも知れない。

一方で、小津映画が大好き!これこそ日本の美!というフランス人には老若男女問わずよく出会います。以前10区の小さな映画館で小津安二郎監督のレトロスペクティブがやっていたので『お早よう』を観に行ったら大盛況でした。上映後にはトークショーもやっていました。成瀬巳喜男監督の『女が階段を上る時』『乱れる』もパリの映画館で観たし、伊丹十三監督の『たんぽぽ』も然り。パリにはクラシックな日本映画のファンがいるんだな。わたしがフランス映画を観て日本映画とは違う美意識に憧憬の念を抱いたように、フランス人たちも小津映画に日本の美を見ている。


遠くの国のなにかに憧れる気持ちは、その距離の分だけ濾過されて、良い部分しか映っていない。でもだからこそ人を動かす。

映画を観て憧れていたパリの街に今住んでいる不思議。映画で観た昔のパリみたいな色はもうこの街にないけれど、憧れてた気持ちがここまで連れて来てくれた。パリも変わったし、わたしも変わった。

映画館を後にして、遠くのものへ憧れを抱く感触を懐かしく思い出しました。

今わたしは何に憧れているだろう。



この記事が参加している募集

映画館の思い出

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?